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サマータイムスタート

3月27日 (土) ローマ 快晴 (HOTEL DI RIENZO)

7時30分起床。昨日とはうって変わって快晴の朝だ。

8時過ぎ、歩いて観光に出発、昨日同様吐く息が白いほど冷え込んでいる。テルミニ駅からヴェネト通をえて2度目のスペイン広場へ。ポストカードでは花いっぱいに飾られた華やかなスペイン階段だが、初春ということもあり花などはなかったが、天気がいいこともあり昨日とは比べものにならない明るさをもっていた。そのあとに行ったトレビの泉も賑やかであった。

ベネチア広場でウェディングケーキといわれるエマヌエ-レ2世記念堂を見てパンテオン、そしてテヴィレ川沿いを歩いて真実の口、パラティーノの丘を右手に見ながらフォロロマ-ノ、そしてあまりにも有名なコロッセオと見て周った。街のいたるところに遺跡らしき古い建物がごろごろと転がっていてローマは歴史が生きているなと思った。日本では博物館に入ってそうもないものが、ローマと言わずヨーロッパでは手に触れることができるというのは素晴らしい。ジプシーも何回か見たが、もはやなんとも思わないほど慣れてしまった。

サンタマリア・デッリ・マジョーレ教会を通ってホテルに戻ってきた。昼飯を取ってまた街ブラに、ナッツィオナーレ通りを歩いた。三越には日本人の客しかいなく、高い品々を手にとっていた。カプリ島の砂浜でサングラスをなくしてしまったので、大きなメガネ屋に入り、SWATCHのサングラス(70000L)を買った。

夕食にピザとタコ・イカリングを買って来てホテルに戻った。昨夜ぬるいシャワーだったので今日は早めに8時に浴びた。9時やどの娘さんがわざわざサマータイムのことを教えにきてくれた。時計は10時に進め、日本との時差が7時間になった。
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ナポリからローマへ

3月26日 (金) ナポリ 曇り-ローマ 曇りのち雨 (HOTEL DI RIENZO)

6時半起床。
駅で朝食(ドーナツ、かプチ-ノ)をとり、8時15分発の列車(15400L)に乗る。車窓からは柔らかな緑と梅の花のようなピンクと山々、海など色とりどりの景色が美しかった。

11時ローマ着。テルミニ駅を出るといきなり騒がしい何かのデモを見てさすが都会だな、と思った。駅から3分ほどのところに宿を取り、荷物を置いて早速サッカーの前売りチケット(38000L)を買いに行った。ここで平本君と別れCTSに行ったがシエスタタイムで4時に再OPENだというので2時に待ち合わせのスペイン広場近くのマクドへ行き昼食。

2時半になっても彼は現れなかったのでスペイン広場で写真をとって不親切な地図に迷わされながらトレビの泉に行っている途中で雨に降られた。こんな雨はマルマリス、セルチュク以来である。傘も持ってきていなかったのでびっしょり濡れながら泉にコインを投げ彼女との再訪を願った。

雨宿りをしながら4時CTSに戻った。パリか、バルセロナのどちらかに行くつもりだったが、パリ行きは火曜日まで待たなければいけないし(サウジ航空198000L)、バルセロナ(タイ航空177000L)はここがカードが使えないということでCASH不足になりロンドンまでたどり着けなくなる可能性が出てくるので見送り。

テルミニ駅のトランスアルピーノ社でBRIG行きのチケット(54400L)を取り当初の予定通りZERMATTに行くことにした。航空券を買うためCTSで80ドルを両替したのが大変余計であった。

夕食は何故か贅沢にもレストランにてツーリストメニューをとってしまった。涙が出るほどおいしいというわけでは全然なかったがイタリアに入ってミラノでほとんどサンドイッチで済ませていたのでたまにはいいかな、と思って入った。街中でSWATCH SHOPを見つけてスクリブルの値段を聞いたところ29000Lであった。

ポンペイ遺跡

3月25日 (木) ナポリ 曇り時々雨-ポンペイ 曇り時々晴れ (HOTEL GINEVRA)

8時起床。9序36分発のヴェスヴィオ周遊鉄道(2400L)に乗り40分かけてVILLA DEI MISTERIへ行く。そこから5分くらい歩いてポンペイ遺跡(10000L)の入口に入った。資料を何も持っていなかったので平本君が日本語で書かれたガイドブックを買いそれを見ながら周った。トルコのエフェス遺跡に似た感じであった。

西暦79年にヴェスヴィオ山の噴火によって埋没させられた当時の生活をイメージしてみて同じ時期の日本文化と比較するととても進んだ文明を持っていたのだと感心した。午後2時半頃までほとんど休みなく歩きつづけ見て回ったが、ホテルに戻ったあと肝心な「ポンペイの赤」を見ずに帰ってきたことを知り愕然とした。遺跡にはどこから沸いてきたのか、ツアー客も多く見られガイドの話もろくに聞かず写真をとりに走る日本人で一杯であった。情けない限りだ。

くたくたに疲れ果てポンペイの駅に着き彼女にTEL。3時半発車して4時ナポリ到着。話し足りずに10000Lのテレカを勝手もう一度電話を入れ満足した。いったん宿の戻ったあと街ブらをしてフィルムと歯磨き粉を買って帰ってきた。傘、傘袋、寝袋の袋の裁縫をした。

Grotta Azzurra 青の洞窟

3月24日 (水) ナポリ 曇り-カプリ島 曇りのち晴れ (HOTEL GINEVRA)

今日は素晴らしく不思議なものを見せてもらった。

8時起床。約30分歩いてカプリ島行きのフェリーの出るベヴェレッロ港まで生きホテルがただでくれたバウチャーをチケットに替え近くのヌオーヴォ城を少し見て周る。

10時10分、晴れたなら美しく見えたであろうナポリの町を後ろに見ながら出航。夏なら観光客でごった返しているのに違いないが今日の船内はガラガラであった。80分ほど乗って島に到着。

すぐに小さなボートに乗り換え岩壁を頭上に見ながら青の洞窟の入口に。このあたりの海の色もすでに濃い青色であった。10000Lは高いと思いつつ払い小さな手こぎボートの乗り換え頭を抱えて洞窟に入る。するとそこは言葉ではあらわせない真っ青な夢の世界とでもいうのであろうか、こんな水の色はかつて見たことがない。船頭の親父は陽気に歌を歌ってみせ、ぐるりと洞窟内を一周した。

2,3分ほどで終わってしまいあせってシャッターを切っているうちに外に出てしまった。この洞窟は少しでも波があったりすると入れないようで見れた人はラッキーだと本に書いてあり、くる前は天気もよくないことだし、また入れたとしても天候のせいであまり青くないのではないか、などと心配したが本当に良かった。素晴らしかった。世の中にはいろんな所があるな。出た後チップをせしめていた親父の顔も明るく見えた。

港沿いに歩いてささやかな昼食をとり歩いてCAPRIへ。ずっと登り坂だったので汗をかきながらあがった。一様に景色を眺めたあとバス(1500L)に乗りANACAPRIへ。ここからリフトの乗り換えてソラーロ山(MONTE SALATO)に上がった。この頃はかなり天候も回復してきていたが、そのせいか海側から山頂まで霧が上がってきていてよく景色が見えなかった。標高589Mから見るカプリ島はほのぼのとした田舎の風景が印象的であった。また15分かけANACAPLIまで戻りバスでCAPLIへ。そこからきた道を歩いて港まで下りた。

海には小学生が遠足でたくさんきていて石を投げて遊んでいると寄ってきて一躍石投げヒーローに仕立てあげられた。午後6時15分、カプリ島を出航。戦中では疲れ果てひたすら眠ってしまった。マクドナルドで夕食をとり9時怖いナポリの夜を歩いて無事に宿に戻ってきた。

ナポリを見て死ね

3月23日 (火) フィレンツェ 曇り-ナポリ 曇り (HOTEL GINEVRA)

8時過ぎ起床。頭を洗っていつものCAFÉにカプチーノとドーナツを食べにいく。
9時半チェックアウト。フィレンツェ中央駅でナポリまでの切符(50700L)を買った。ナポリまでの直通列車だったのでかなり高かった。
11時発車。南下していくに従って緑がだんだん増え美しく田舎の風景に変わっていった。

午後3時ナポリ到着。インフォメーションに行き地図をもらって宿を探した。目に付いた最初のホテルで決定し荷物を置いて中央駅に戻った。このあたりにたむろしている奴らの目は鋭くおっかない。イタリアの中でも特に恐ろしい街の一つの一部を見たような気がした。北に比べ貧しい南というのは家々を眺めても感じ取ることができる。

ガリバルディから地下鉄(4000L)でモンテサントまで行き街ブら、小汚い店が並んでいた。ここからフニコラーレ(ケーブルカー1500L)に乗りボーメロ地区まで行きサントエルモ城を右手に見ながらナポリの街を上から見下ろした。かなり曇っていたので遠くは霞んでいたが高層ビル群なども見えたりして今まで通ってきたどの街とも違う景色であった。天気さえよければ港も海も美しく見えたはずだった。

モンテサントで米、芋等を揚げたものを8つ(3000L)も食べ気分が悪くなった。240円ばかりのディナーであった。ナポリは埃っぽくクラクションの音がうるさい。なんとなくカイロの雰囲気に似ている。

ピサの斜塔

3月22日 (月) フィレンツェ 晴れ-ピサ 晴れ (HOTEL TONY‘S INN)

8時半起床。
10時発の列車に乗って約55分間、ピサ(11000L)に行った。

中央駅から30分歩いてピサのドゥオモ,斜塔に着いた。なるほどかなり傾いていたこのまま放って置けばいつか倒れるというので何らかの工事をしているらしく塔内には入れないようになっているし周りを壁で囲っていて下のほうは見えなかった。

芝生で寝転がって時間をつぶしたあと着たときとは違うルートで駅まで戻った。13時46分発の列車でフィレンツェに戻り街ブらをしながら一枚革の小銭入れ(65000L)とキーケース(48000L)を買った残金もチェック750ドルとなり非常に苦しい状況となってきてついにカードを切ってしまった。

久々に部屋のヒーターが暖かくなっていて洗濯に励んだ。

SWATCH買った

3月21日 (日) フレンツェ 晴れ (HOTEL TONY‘S INN)

8時起床。 
10時朝食をとってGRAND HOTELにSWATCHを買いにいく。19日ここに着いたときポスターで展示即売があることを知ったのだ。プライベートコレクターが集まって売っているらしかった。

日本でなかなか手に入らない,それにかなり高いSWATCHが腐るほどあった。自分のを探す人,娘に買ってやる人,買い付けにきて札束を持っている人などそれぞれだ。カードが使えないので駅に両替をしに行きCollector‘s of Swatch Vol3(135000L)とクロノ(95000L)を買った。平本君も買ったようだった。いろいろ迷った挙句もっと欲しかったのだがすでにモスクワとインターラーケンで1つづつかっていたのであきらめた。今ここでキャッシュを使うことは後々の旅に影響するのだ。

午後3時すっかり疲れ果てピザ2枚とサラダドッグを買ってホテルに戻ってきた。

夕方このホテルにチェックインしてきた女性2人も加わって4人でフリーマーケットをぶらぶらして夕食は初のレストラン。スパゲッティボロネーゼは予想以上にめんがしこしこしておいしかった。あとグリルドビーフ、フルーツ、コーヒーで20000Lであった。

贅沢な夕食をしてしまい結局今日は今までで最高にお金を使ってしまった。本当なら今日はサッカー観戦を楽しみにしていた日曜日だったのだがフィレンツェでは2週間に一度しか試合がなく今週はない週であった。来週のローマを期待したい。

フローレンス街ぶら

3月20日 (土) フィレンツェ 快晴 (HOTEL TONY‘S INN)

8時起床。
ホテル近くのカメラ屋にフィルム1本出した。日本出発前にカメラを買って以来まだ1本も現像してなく移っているのかどうか不安だったからだ。

CAFEでドーナツとカプチーノの朝食を取り両替をしようと銀行を探すが今日は土曜日のため両替所意外空いてなかった。銀行に比べレートが悪いのでいくら替えようか迷っている。

ヴェッキオ橋を渡りピッティ宮殿を見て写真をピックアップ(27550L)して11時ホテルに戻ってきた。

昼からは平本君の買い物に付き合った。街ブらで終わった一日であった。

フローレンス到着

3月19日 (金) ヴェネチィア 曇り-フィレンツェ 快晴 (HOTEL TONY‘S INN)

7時起床。
カプチーノ,クロワッサンの朝食を取り駅へ。8時20分フィレンツェ(18700L)へ向け出発。もはや見飽きた感のある田舎の町並みを眺めながら、学生をたくさん乗せた列車は走った。

午後1時疲れた体はフィレンツェに下り立った。ホテルの客引きの親父は相手にせずインフォメーションセンターでもらった地図を頼りに宿を探した。1軒目は少し高かったのでパス。2件目が1日TWINで50000リラだったのでここに決めた。トリプルベッドの広いこの部屋は本来100000リラの部屋なのだ。値段交渉はいつも私で平本君は黙って眺めてる。

マーケットがあったので立ち寄り、彼女につけて料理を作ってもらおうとエプロン(16000L)を買った。ドゥオモを眺めウフィツィ美術館で「ビーナス誕生」などを見た。所詮「学」がないのであまり絵の良さはわからなかった。街ぶらをしながらホテルにつく前に今夜のディナーを早くも3回目に寄ったカフェでサンドイッチを買って帰ってきた。

このホテルはカメラマンの親父がオーナーのようでいたるところに自分の取ったポスターが飾られている。

おお、ベニス!

3月18日 (木) ヴェネツィア 快晴 (HOTEL ADUA)

7時40分起床。駅前からヴァポレット(1日券2000L)に乗ってリド島へ。夏は海水浴客で一杯になるそうだが,今は閑散としていた。小さなCAFEでいつものカプチーノとクロワッサンの朝食を取った。

サン・マルコ広場へ戻りド・カーレ宮殿に入り各部屋に置かれている絵と溜息の橋を通り牢獄内を見て周った。次にサン・ジョルジョ・マジョーレ島に行き教会の塔の上からヴェネツィアを眺めた。サン・マルコから歩いて午後2時ホテルに戻って昼寝をし,5時ムラーノ島へ。

ここでは海に沈む夕日を見ることができた。この島がヴェネツィアングラスで有名だが来たのが遅かったのでほとんどの店は閉まっていた。再度道に迷いながらサン・マルコ広場に行く。今夜は霧が出てなくて昨夜ほど美しくなかった。

朝通ったメインルートのヴァポレット1に乗り,夜のカナルグランデを4,50分堪能した。洪水の街か,はたまた海底からよみがえったようなヴェネツィアの街は言葉に表せないほどロマンチックで素晴らしい。今日午後1時半彼女に電話。声を聞くと心が安らぐ。早く再会したいと思う。
プロフィール

koji

Author:koji
やったらやったでどーにかなるよ!のいい加減さと石橋叩きすぎ心配症の2面性を持つ男。
人生は一度きりとか言われるとなんかやたら焦る・・・

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