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ベルサイユで歩き疲れる。。

4/8 パリ

最近いつも朝起きるのが遅く(とにかく寝るのが遅い!)一日が早く終わることを昨日かなり反省し今日は9時には宿を出た。メトロを乗り継ぎSt-Michelへ。RERでVersailles-R.G-Chateau駅へ行き初めてのベルサイユ宮殿へ。



宮殿前にはかなりの長蛇の列ができていた。オーディオ・ガイダンスを耳につけ宮殿内を回る。中も外もオーストリアのシェーンブルン宮殿とかぶる雰囲気。ともにマリー・アントワネットゆかりの地である。時空を超え当時の空気が残ってるような気がして楽しめた。暴徒と化した民衆の怒声は聞こえなかったけど。。



宮殿の後は広大な庭園、大・小トリアノン、王妃の村里を歩いてまわる。この辺りをアントワネットも歩いていたんだな、と思うと不思議な感じ。





とにかく歩き疲れ帰りの電車ではあっという間に眠りに落ち降りる駅をひとつ乗り過ごす。パリ最後の訪問はオルセー美術館。疲れていたので本来ならパスだがミュージアムパスを使わなくちゃいけない、という強迫観念の一心で訪れる。でも以外や以外、歩きやすく見やすい美術館でかつ知ってる絵もいくつかあり楽しめた。


【夕暮れのパリ。次はまた17年後に・・】

帰り道にサッポロラーメンに入り味噌ラーメン、餃子、炒飯、カレーの大好き四天王でパリを締めくくり9時過ぎ宿に戻ってきた。当初あまり来るつもりのなかったパリで5泊もしてしまった。いい出会いも、むかつく事件も、再会もありたくさんの想い出ができたパリであった。



さ、次は楽しみにしていたスペインだ!
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かつてのボスにパリで再会

4/7 パリ

WIFIついてる宿はいかん。どうしても遅く寝て、遅く起きることになる。今日は朝早くから行動しようと決めていたのに結局宿をチェックアウトしたのは11時過ぎ。このまま同じ宿であと2泊したかったが今日は満室ということで移動。ユーロラインのバスターミナルの隣Porte de Bagnoletに宿を取る。部屋はまだできていなかったので荷物を置いて歩いてユーロラインに行き明後日のバルセロナまでのチケット購入。1週間先にはEASY JETでバスより安い航空券を見つけたがまさかあと1週間もこの辺りをうろつくのも嫌だし。ようやくスペイン。旅に疲労した体にはスペインの太陽が必要だ。

午後1時頃ルーブルに入る。17年前来たときはあっという間にその広さに疲れ早々に出て行った事を覚えているが、さて・・今回も同じであった。知識があればこんなに面白いものはないんだろうけど。






【ハムラビ法典】

午後5時半、勤務していた会社の昔の上司に会いに行く。4,5年ぶりに再会したオリビエさんは日本から戻った後、出世階段をうまく上ったようで広い個室の部屋を持ち、ちょっと貫禄がつき、そしてちょっと老けて?いた。でも中身はな〜んにも変わってなくて楽しい思い出話に花が咲いた。話しながら9年半前初めての面接を彼にしてもらったことをつい昨日の出来事のように思い出した。ビーナスフォートでのお別れ会の写真を大切そうに持っていてくれた。



会社辞めてもこうやって笑顔で再会できるというのはいいもんだ。日本に社長で戻る野望があるらしいのでその際は再就職の世話をお願いしサヨナラする。

降りだした雨の中、凱旋門まで歩きメトロに乗りモンマルトルの丘にそびえる白亜のサクレ・クールへ。



蒼い空の下で見るサクレ・クールを期待していたが、眼下に見えるパリのパノラマも全部白い空に包み込まれていた。。

パリのなんともついてない一日・・

4/6 パリ


【シテ島】

朝7時半ニコラスの出勤をお見送り。2回目の洗濯をさせてもらい昼過ぎメッセージと鍵を置いて出て行く。楽しい2泊3日であった。

しかしここからいろ〜んな不運に襲われることになる。

【不運1】ニコラス邸は2泊までしかできなかったため相棒が見つけ昨日予約した安宿に向かう。住所などはHPに記載が全くなく(この時点でなんか怪しいな、とは思っていた)駅に着いたら電話しろと言うことだったのでそうしたらひどく愛想の悪い日本語を喋る韓国人ババがカート持参で迎えに来てバックパックをここに載せて引け、という。背負ってるところを近所に見られたくないとのこと。結局なんのことはない。無登録宿なのだ。客は日本人のみ。不潔。飼猫多し。シャワーは夜7時以降。明後日は朝か10時以降でお願いね、とかのたまう。とりあえず6ベッドの部屋に荷物を置いて出てきたがとにかくババ〜の態度にむかつきいらいらしてくる。客の意味わかってんのか??

【不運2】3度目してようやく開いていたブックオフ。重い2冊の歩き方をどうにかここまで持ってきたというのに売ったら2ユーロ(泣)。中古の歩き方の在庫もほとんどなかったため近くのジュンク堂へ移動。そこでスペイン、モロッコを手に入れたがなんと定価の2倍以上の値段。ちょっとボリスギじゃないの。。バンコクでも1.5倍なのに。

【不運3】この時点でもはや午後4時半。6時に閉まるミュージアムにはいけないので近くのノートルダム寺院に行く。







目的は先日購入したミュージアムパスを使って塔に登ること。で行って寺院を一周してもその入口が見つからず聞いてみたら数分前に閉まったといわれる始末。48ユーロ分のパスのうちまだ9ユーロ分しか使ってない。。

【不運4】たまたまおいしそうなパン屋を見つけ、おいしそうなでかいカスタードパンを発見。食べ終わった瞬間今度は超おいしそうな食べ放題中華出現。パンでお腹いっぱいになってるにもかかわらず我慢できずにはいる。で、そんなに量食べずに出てくる羽目に。。我慢すればよかった。。

【不運5】夜10時前、考えただけで今日一日ブルーな気分にさせてくれた宿に戻る。戻るや否やババ〜は愛想のない顔で、ちょっとした都合で部屋を移って欲しいと言ってきた。3日もこんな汚いところに滞在したくなかったので、2泊にしたいと言ったら不機嫌な顔を露骨に出しながらも了承する。荷物を移動している間にだんだんむかついてきて今度は相棒が1泊にしてもいいかとババ〜に言ったところ烈火のごとく怒りだし、金を返すからすぐでていってください!と怒鳴ったという。それを聞いた俺は望むところだと荷物を背負い金を受け取り出て行く。幸いにも近くにはいくつかホテルがありチェックイン。6日ぶりのプライベートな時間を楽しむ。5日連続他人の家はさすがにちょっと疲れたかな。

やることなすことうまくいかない日ってあるけど今日はまさしくそういうまるでついてない一日であった。

パリで人の温かさに涙する

4/5 パリ

9時起床。
ニコラスは夜中2時頃帰ってきたらしい。買ってきてくれたパンで朝食。

再度オペラのブックオフを訪れるが今日もイースターでお休み。12時過ぎまたひぐまラーメンに行き今度はカツカレー。味は学食レベルだが懐かしすぎてうまくないわけがない。小さな胃があっという間に満たされる。この店評判いいのか、昨日も今日も食べてる間に外にちょっとした行列ができていた。

今日は雨が降る気配もなくいわゆる行楽日和。



ルーブルからチュイルリー公園、コンコルド、シャンゼリゼ通りを歩き凱旋門へ。




【おーシャンゼリゼ〜】

上に上がって懐かしの風景を堪能したあとセーヌ川を超えエッフェル塔へ。



行くと既にチケット購入の長蛇の列。今日は上がるのを諦め下でライトアップされるのを待った。

午後8時を過ぎるとようやく空も暗くなりはじめ8時40分頃ライトアップ。午後9時には5分間塔全体がキラキラと点滅し歓声が上がった。川の向こう側のシャイヨー宮から見るオレンジ色に光り輝くエッフェルはあまりに幻想的。これで花火なんか上がっちゃったら気絶もんだな、と思った。



10時過ぎマンションに戻るとニコラスが夕食を作り食べずに待っていてくれた。



料理は男がするものだという料理好きが作ってくれたパスタはお世辞抜きで滅茶苦茶おいしくおかわり。



デザートまで作ってくれて感激物であった。夜中1時過ぎまでお喋り。ニコラスは恐縮するほど気を遣う男でちょっと女性的な繊細さを持つ男。すごくマジいい奴で気が合うと思った。いつの日か絶対このお礼をしようと思う。明日からはラトビア人女性2人が宿泊するとのこと。

パリでおにぎりとラーメンに我を失う

4/4 パリ



朝食食べて9時半車でユーロラインのバスストップまで送ってもらう。今回初めてカウチ・サーフィンを使って他人の家に泊めてもらったけれど家は広いし、2度の朝食、3日のうち2日はカウチではなくベッドをもらい、おまけにブルージュまで連れて行ってもらってどう感謝していいやら。。ナディアの写真とってる姿は明らかに親父入っていたし(見かけは老けているが1こ年下)ちょっと堅苦しい感じがある人ではあったけど本当お世話になりっぱなし。ありがとう。

10:45 満席のバス発車。午後2時過ぎ17年ぶりのパリ到着。パリの最初の2泊はこれまたカウチ・サーフィンで見つけた人のマンションへ泊まることになっていたが約束の7時頃まで時間があったのでまずは最寄の駅へ行きロッカーに荷物をおいて街ぶらしようということで3番メトロでガリエニからレピュブリックへ。

結局ロッカーは存在せず急遽相棒がホストであるニコラスへ電話したところ今からお邪魔してもいいというのでそのままレピュブリックから歩いて5分のアパートへ直行。アパートの入り口では人のよさが顔ににじみ出ているニコラスが出迎えてくれた。

カウチ・サーフィン歴2年。ひとつしかない部屋にゲストを泊まらせ自分は小さなキッチン前のスペースにマットを敷いて寝ると言うほとんどそれ、ちょっとおかしいだろ・・というほど心優しき男。

ニコラスは友人のところへパーティへ。我々もパリ散歩へと出かけた。3番メトロでオペラへ。地下から出て久しぶりのパリの街並みを目の前にして正直こう思った。



「あ〜パリはやっぱ格が違うわ・・」

ガイドブックを手に入れようとブック・オフを探すが今日は日曜で閉店。

午後5時過ぎこのあたりはジャパレスがたくさん並んでいてそのうちのひとつラーメンひぐまに入り味噌ラーメン。塩ラーメン、餃子を頼む。かつて1ヵ月半以上もの間日本食を食べなかったことはなかった。今回は2月17日のバンコク以来の日本食である。ジャパンマートで買ってきたおにぎりを隠れながら頬張り、出てきたラーメンをすする。





もしかしたらそれは本来それほどの味ではなかったのかもしれないが、このときばかりはこんなにラーメンってうまかったっけ!!??カンド〜の嵐。不思議なことに異常に空腹だったお腹はちょっと食べるといきなり満腹感を覚えた。久しぶりに勢いつけて食べたのに胃がこの長旅で小さくなってるような気がした。(昨日久しぶりに体重計乗ったら10数年ぶりに60キロ切ってた・・)

その後ルーブルの周りをうろうろして午後9時半アパートに戻る。ニコラスはまだ帰ってきていなかった。




シャンゼリゼ通

4月2日 (金) パリ 快晴 (HOTEL EXCELSIOR)

8時起床。
外はすっきり晴れていた。地下鉄でF・D・Rooseveltで下りてアエロフロートへ。イギリス出国を4月6日に決め予約を入れた。

ここからシャンゼリゼ通りを歩いて凱旋門へ。エレベーターで上まで上がり(20FF)昨日のエッフェル塔の時とは違うすっきり晴れたパリの街を見渡すことができた。

マクドで昼食(やたら物価が高いのでこればかり)、シャンゼリゼ通りを歩いてコンコルド広場へ。メトロに乗ってモンマルトルのサクレ・クールへ。長い階段を使って登る元気がなく下から眺めるだけにとどまった。メトロを乗り継いでオペラへ。デパート、ギャラリーラファイエットに入りよほど何か買おうかと思ったが我慢した。オペラ通りを歩いて東京銀行横の東京動書店で久々に日本雑誌を5分ほど立ち読み。

メトロで宿に戻り2時間ほどシエスタ。午後9時、夜のパリを歩いてモンパルナスタワー(30FF)へ。屋上からはエッフェル、凱旋門はもちろん、空気が清んでいたので遠くまで見渡せ美しかった。

6日に帰国することになり嬉しい半面、中途半端で終わるようで悔しい気がする。本来ならパリにあと2日いたいところだ。

パリ到着

4月1日 (木) パリ 曇り時々雨 時々晴れ (HOTEL EXCELSIOR)

幸いなことに私のコンパートメントには途中まで私一人、あとからおばさんと2人だったので静かにいびきを気にせずに眠ることができた。朝6時過ぎに起きて歯を磨き到着を待った。

7時4分、パリのリヨン駅に到着。メトロを乗り継ぎST.MICHELで下りソルボンヌ大学の近くに宿をとった。

歩いてノートルダム寺院、そしてルーブル美術館(20FF)へ行った。ルーブルは異様にでかくパンフレットを持っていてもどこを歩いているかわからず出口を探すのに苦労した。マクドでランチをとりポンピドーセンター前のAJFでロンドンまでのチケット(340FF)を取った。

ポンピドーの前からメトロのマークに沿って地下へ下りると5分以上かけてCHATELET駅まで歩かされた。ここから1番線に乗ってChdeGaulle−Etoileで6番線に乗り換えBirHakeimで下りエッフェル塔へ。塔の足元の公衆電話で彼女に電話した。エレベーターで上に上がる(52FF)。風が強かったが大都会パリを360度見渡すことができた。RERに乗りSt.Michel乗り換えLuxembourgで5時半にホテルに戻った。

パリは地下鉄がとても発達していて路線図を見てると駅名を探し出すのにとても苦労する。乗り換えも不便だ。

エギーユ・ディ・ミディ

3月31日 (水) シャモニ 快晴 (夜行列車)

久々のシングルであったのでゆっくり9時起床。シャモニからロープウェイ(160FF)でプラン・ド・レギューユを経由してエギーユ・ディ・ミディに。時速約40キロのスピードであっという間に3842Mの地点についた。

昨日は雲がかかって見えなかったモンブランの頂上4807Mも今日は真っ白い頂を見せてくれた。グランドジョラスをはじめマッターホルン、モンテローザなどの山々が見渡せた。なんといっても心に残ったのはドリュの豪快な姿であった。猛々しい男の山である。−9度のミディの山頂で3,40分ほど風景を楽しんで下山。ほとんどの人はそのままスキーを履いて広大な山の中へ下りていった。

シャモニに下りてからは芝生の上で昼寝したりスーパーに行ったり山岳博物館(15FF)などで時間をつぶした。また広場で穴があいて羽の出てきたダウンジャケットを繕ったりもした。

午後6時ホテルに荷物をとりに行き、19時34分発の登山電車に乗り20時15分St.GERVAIS到着。列車を乗り換え20時14分山々に別れを告げてパリに向かった。

フランス・シャモニーへ

3月30日 (火) ツエルマット 快晴−シャモニー 快晴 (LA CHAUMIERE)

7時前起床、学生さんの部屋から見えるマッターホルンは白く光り輝いていた。もう一日滞在したいという想いに後ろ髪を引かれつつ9時10分列車(27SF)に乗った。

VISP、MARTIGNYと列車を乗り換え一両だけの列車でスイス、フランス国境駅へ、気のいい親父と2人だけでフランス入りし、列車乗りかえてシャモニーに午後1時38分到着。インタ−ラーケンですごいと思い、ツェルマットでもっとすごいと感動し、シャモニはもうなんと言葉で表せばいいのか?ヨーロッパ最高峰モンブランこそ雲に頂を隠されているものの、針のようにとがった山々が天をつらぬいている姿にびっくりした。世の中にはこんなところがあるのか。

今日はどうしてもシングルに泊まりたかったのでインフォメーションで一番安いところ(157FF)を紹介してもらい20分かけて歩いていった。ここのホテルの親父は山岳ガイドらしい。2階の部屋からはアルプスが正面に見える。荷物を置いて駅に戻り明日のジュネーブ行きのチケットを買おうと思ったが、たまたま見た掲示板にパリ、リヨンまでの夜行列車のことを書いてありいきなり予定を変更してパリ(416FF)に行くことにした。

街ブらをして食料を買い込みホテルに6時過ぎ戻ってきた。おいしそうに見え買ってきたハムサラダがとても食べられる代物ではなくゴミ箱行きとなり悲しい。おいしそうな真っ赤なイチゴも日本のものほど甘くなく缶詰のフルーツもスイスで食べたものよりおいしくなかった。

少しだが山に雲がかかってきている。明日は晴れてくれと祈るだけだ。部屋の窓から山々を見ながら今回も持ってきた植村直己の本のモンブラン登山の部分を読むと痛いほどに彼の感じていることが痛いほどわかった。シャモニを飛ばそうかと思っていた昨夜、そうしなくて良かったとつくづく思う。

割と広いシングルルームで一人山を見ながらパンなんかをかじっていると、隣に彼女がいてくれればどんなに素晴らしかったか、などと考えてしまう。いつかまたシャモニを訪れてこの部屋にでも一緒に泊まる日がくれば今日のことを懐かしく語るのであろう。そんな日が早くくるといいのだが。
プロフィール

koji

Author:koji
やったらやったでどーにかなるよ!のいい加減さと石橋叩きすぎ心配症の2面性を持つ男。
人生は一度きりとか言われるとなんかやたら焦る・・・

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