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火山灰でフライトキャンセルくらい超いらつく。サイテーな一日

5/11 マドリッド←なんで今夜もここにいるんだよ。。

2,3時間寝て朝6時起床。シャワーを浴び7時チェックアウトし地下鉄2回乗り継いでマドリッド空港ターミナル4へ。

空港施設に入りモニターで自分のフライトをチェックし青くなる。そこには無機質に「CANCELADO」の文字が。。。



嘘だろ。。マジかよ・・と思いながらとにかくチェックインカウンターへ。たぶんほとんどの客には前もって連絡が行ってたのであろう。カウンターには10数人ほどの何も知らずに荷物をまとめてきた人達だけが途方にくれていた。。もしかしたら自分にも連絡は来ていたのかもしれない。この回線をつなげていない携帯電話に。。

カウンターにはフィンエアーのスタッフ3人が「はいはい、残念ね、火山灰だよ、例の。天災だからね、私たちのせいじゃないよ」という表情(事実そう言った)で対応してくれた。最初は明日のフライトに変更ということで一旦引き下がったが、明日飛ぶ保証もなく、また明日この空港に早朝来るのも嫌だったのでイベリア航空のフランクフルト経由ヘルシンキ行きに変更してもらう。(このフライト変更作業もフィンとイベリアのカウンターを何往復もさせられかなりイラツク)

10:10出発予定だったフライトはこれで15:50に。5時間も遅くなりフランクフルト経由ということもありヘルシンキ到着は22:50。今日午後6時ごろ会って3泊させてもらうつもりだったヘルシンキのカティヤさんに国際電話し真夜中の到着になります、ごめんなさい。と国際電話しマクドで時間潰し。この空港、無料WIFIがない。今時ネット繋がらない空港なんて在りえね〜と憤る。

どうにか4時間ほど潰し午後2時頃厳しい手荷物検査場を抜けモニターでゲート番号をチェック。そこでまた体が硬直する。そこには我がフランクフルト便に「CANCELADO」の文字が。。こんなことありえるのか!ほとんどのフライトがキャンセルならまだしもキャンセルになってるのは朝のヘルシンキ便と、この苦労して取ったフランクフルト便とどうでもいいセビーリャ行きの3便だけ。キャンセル便の変更フライトがまたキャンセル・・2便続けてキャンセルなんてすごい確率である。

茫然自失のまま、朝のフィンエアーのチェックインカウンターへ。とき既に遅し。奴らはサツのガサイレを察知した違法滞在者のように既にモヌケノカラであった。じゃ、しようがない。今ボールはイベリアにあるんだからイベリアがどうにかしてくれると思いカスタマーサービスの長い列に並ぶ。

ようやく順番が来たと思ったら、イベリアのお姉ちゃんは「うちではフィンエアーの承認がないとなんにもできません」ともっともなことを言う。フィンエアーのスタッフいないんだけど、というとターミナル1にオフィスがあるから行け(これはたぶん嘘)という。いなかったらどうすんの?って言ったら自分でここに電話しろとフィンエアーの電話番号(これも古い番号だった)をくれた。

もう何が正しいのか、誰を頼ったらいいのか、もう訳が分からなくなりイライラ度はもう既にレッド・ゾーン!このキャンセルされたフランクフルト線チェックインしているのは我々だけ(朝10時頃代替フライトとして特別にチェックインしたため)なのでまったく問題視されず、え、なにそれ、あっちいけ対応される。

なんにもできない、しらない、やらないカウンターの姉ちゃんではなくちょっと偉そうな感じの男に状況話してみても、こっちにできることはなにもない、と面倒くさそうだから俺に話すなよ・・ばりに言われる。可能性のある代替フライトは次々に飛んでいく。時間との戦いに気が焦る。

電話用にコインを用意しフィンエアーに電話。応答メッセージでここではなくxxに電話しろとかでイライラはド・ピークへ。数ユーロ使わされようやく人間につながり明日の通常フライトで行くからと話してとりあえず決着。

とにかく今日のヘルシンキ着だけはなくなったことでカティアさんに明日飛行機、飛んだらいきます、いろいろゴタゴタしてすんませんと電話。

今度は預けた荷物を回収するため空港内をまたまた大移動。人に聞きながらバゲージクレームまでたどり着く。約40分ベルト前で待たされようやく出てきたときには俺は身も心も空っぽになっていた。。(このときロンドン経由成田の代替で帰ろうとした日本人に、いや〜ロンドン便もキャンセルくらいました、と再会し地べたに座って荷物が出てくるのを一緒に待つ)

午後5時重い荷物をまた背負ってきた道を戻る。違う種類の疲労。不安と疲労の中行き詰って助けを乞うても誰も助けてくれない孤独と焦燥。人ってこんなに冷たくていい加減なものなのか。とひどく落ち込む。スペイン人根は明るくていい人達だけど今日会った奴ら全員頭悪くていい加減だ。

午後6時。一昨日泊まった宿にチェックイン。ベッドに荷物を置き放心状態。。なんでまだここにいるんだよ。。

夜9時。マドリッド初日に行ったジャパレスで幕の内弁当。もちろん美味しかったが初回の感動は無く。。

イベリアとフィンエアー、誰がこんなクソ航空会社(つーかいいかげんなのは人か)2度と使うか!!ぼけ。と怒り収まらず。明日はすんなり飛べよ。けっ。
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マドリッドのフラメンコな最後の夜

5/10 マドリッド

お昼12時、先日WEBで見つけたマヨール広場すぐ隣の25ユーロの宿にお引越し。マドリッド最後の日なのでちょっとお買い物。今日もなんとなく体だるく気合の入らない一日で夕方部屋に戻って昼寝をしたりして過ごす。


【プエルタ・デル・ソル】

夜22時前、20分ぐらい歩いたところにあるレストランへフラメンコを見に行くが満席と軽く断られる。それでも諦めきれずまた20分歩いて違うタブラオへ。21:30から既にショーは始まっていて途中からの入場ではあったが、それでも・・と入る。



食事を取ると高いので1ドリンク付35ユーロ。観客席は既にいっぱいでちょっと離れたところからステージを横から見下ろす感じの席へ通される。近くがいい、と駄々をこねてはみたが座ってみれば全体を見渡せるいい席であった。



さて、フラメンコ。魂を揺さぶるギター、歌声、手拍子、タップ、そして踊り。プロのフラメンコは確かに素晴らしく感動した。それでもセビーリャでみた素人連のフラメンコの方が「滅茶苦茶」感動したけど。。スペイン最後を飾るにふさわしい夜であった。



0時前タブラオを出てマクド経由で部屋に戻り、荷物のパッキング。とうとう明日はフィンランド!日本に近づきます。。

トレド観光&マドリッド・ラス・ペンタス闘牛場

5/9 マドリッド

もうこの旅も終盤だと言うのに朝も相変わらずちんたらしてたら11時。今日は空いてた安い部屋に移る。

12:20メトロでAtocha Renfe駅到着。すぐ乗れると思っていたアトーチャ駅発トレド行きは本数少なく次の13:50まで待たされることに。今日は午後7時から闘牛見に行くことにしていたためトレドでの時間が結果的にほとんど取れなくなり、朝ゆっくり寝てた自分にまたまた自己嫌悪。

乗る列車Avantは日本でいう新幹線。席は広々。



快適すぎてまたほとんどを寝てすごす。30分後の14:20あっという間にトレド到着。雨の中5ユーロの観光バスでタホ川に沿ってトレドの街を外から見渡す。エル・グレコの愛したトレドは白く輝く美しすぎる街。観光バスの2階で段々強くなる雨に右半分ずぶぬれになりながらシャッターを押し捲る。



アルカサルでバスを降りあてもなく街を歩く。さっきまであんなに降ってた雨は上がり一気に青空が広がる。さっきの雨はなんだったんだ。。30分早く上がってくれたらすごすぎる景色が俺のものになったのに・・。


【カテドラル】

日曜ということもあってお店はかなり閉まっていて活気がいまひとつであったが街自体は訪れたスペインの中で明らかに毛色が違っていて趣き深い。1泊パラドールで泊まってみたかった。

帰りの列車は17:30。焦るようにローカルバスでトレド駅に戻り、また車内で爆睡。



18:00マドリッド・アトーチャ到着。地下鉄を乗り継いでVentas駅へ。地上に上がったらそこはラス・ペンタス闘牛場で周りは既に人でいっぱい。一気に気持ちが盛り上がってくる。



ソンブラ(日陰。日向より高い)テンディド(1階)の席を30.3ユーロで購入し18:45場内へ。クッションも1.2ユーロで調達し自分の席へ着く。場内はほぼ満席。



アリーナに光と影が半ばする19:00ファンファーレとともにマタドール、ピカドール、バンデリーリョ登場。ついに闘牛劇場開幕!

●さてここで闘牛の流れ●

1.牛の登場。これから起こる悲劇を知らずに元気よく走って入ってくるのがイタイケ。

2.助手たちがマントを振り牛を走らせる



3.ピカドールが2回槍で牛の背中をグリグリ突く(血が一気に噴出す。ここが見ていて結構きつい)。




【目隠しされ訳も分からないまま牛に突進される馬もかわいそうで実際時々牛に転がされていた】

4.バンデリーリョが2本ずつ3回短銛を牛の背に打つ。



5.満を持して真打ちマタドール登場。



ムレータと剣を使って演技する。


【牛と人のダンスが流れるように連続すると「オーレ」の掛け声と拍手が起こる】

6.仕留め。


【このポーズから仕留めにいく】



【牛を苦しませず一瞬にしてとどめを刺すのが美しいらしい】


【死に切れない牛には後頭部にナイフが入れられる】

7.見事な演技には観客から白いハンカチが振られマタドールはかっこよく場内一周!見事じゃなければ拍手なく即退場で終了。


3グループが2回づつ演技をして計6回。つまり6頭の牛が天国に。最初の2,3回はまだ興味を持って見れたがあとは同じことの繰り返しのように思えてしまう。




夜9時を回ると太陽も沈みようやく最後の演技。最終回の6回目に登場のマタドールは1回目それほど見所もなく終わった人。なんか動きが荒いなーと思ってみていたら牛(この牛がまた今日の中で一番元気であった)を避け切れずに鋭い角の餌食になり何度か転がされる羽目に。抱えられてあっというまに退場。(ちなみに牛は他のマタドールにきっちりとどめを刺された)



こんなこともあるんだな。角の刺され所が悪ければ即死もある。命を張っているというのは本当であった。21:20終了。

スペインの国技、闘牛。見ることができていい経験だったけれど、もういいかな。文化として理解するにはちょっと難しすぎた。20分後には刺されて天国に行く事を知らずアリーナに飛び込んでくる牛がとにかくかわいそうで。。(前の席に座っていた女性は1回目が終わると彼を置いたまま出て行った・・)

午後10時頃ソルに戻り、前回行った日本食レストランに行ってみたら閉店。味噌汁飲みたかった。。変わりにBARで生ハムクロワッサン。


アルハンブラで風邪をひく

4/23 グラナダ

宿のちょっと日本語喋る陽気な親父の進言どおり朝07:45にはアルハンブラ宮殿のチケット売り場の列に並ぶ。予約無しの当日販売分は売り切れる(または入場を待たされる)ことがあるというのだ。が、行ってみるとたいした列でもなく簡単に09:30ナスル朝宮殿入場チケットをゲット。

カルロス5世宮殿、アルバイシンの白い壁の街が眼下に見下ろせるアルカサバを回る。




【雪山も見えた】


【これがアンダルシアの色】

09:30メインであるナスル朝宮殿に入る。ここがかつてグラナダ王国時代のイスラム最後の砦だったころの名残が随所に現れる。






【この幻想的な写真の正体は・・】


【池に映ったこの建物】

夏の別荘ヘネラリフェを回って終了。超有名観光地だが私的には今ひとつ。。でもその理由はアルハンブラにあるのではなく日本に帰るかどうかで「めちゃくちゃ」悩んでるから。。

昼、一度宿に戻り休憩しその間にヨーロッパの格安航空会社のEasy Jetでマラケシュ−マドリッド間のチケットを取る。愛用Air Asiaをも超える値段設定にビックリ。2週間前の購入にもかかわらず預け荷物なければこの区間2500円ぐらいからある。(船でジブラルタル渡るだけで6000円ぐらいするのが馬鹿らしい)モロッコ往路はゆっくり周り復路は一気にマドリッドまで飛ぶことにしてさっそく予約。

3時過ぎ散歩再開。サクロモンテ、アルバイシンのニコラス展望台、ロナ展望台、カテドラルと回りグラナダの景色を堪能。


【サクロモンテ】




【ニコラス展望台】


【展望台からアルハンブラをのぞむ】


【カテドラル】

夕食は昨日に引き続きの生野菜と電子レンジ用ピザ、いちご。

今日は朝から風邪の兆候があった。時間がたつごとに悪化し夕方にはのどの痛みと鼻づまりに悩まされることに。

セビーリャからグラナダへ

4/22 グラナダ

夜中、蚊に手首をやられその痒さと羽音に眠れなくなる。昨日朝、頬をやられたがとうとう蚊の生息地帯&時期に突入したのか。。


【なかなか味のある宿だったけど】

10時半チェックアウト。青空の下、昨日は全く開いていなかったショップが賑わっているのを見てもう1泊したい気持ちを抑えつつ(泊まれないのだ、宿が高くて・・)歩いてバスターミナルへ。


【カテドラルとヒラルダの塔】

12時バスの一番前を陣取り発車。緑の景色の中を3時間。


【スペイン南部で雪山って変な感じ】

15時グラナダ到着。ついたその足でチケットブースに並び明後日のアルヘシラス行きチケットを取る。

グラナダ。初めてこの地名を聞いたのはガンダム。このグラナダと関係あるかどうかはしらんが。。33番のローカルバスに乗りカテドラル前で下車。宿探し1つ目で入ったところが安くて清潔そうだったので即決。


【スペインは雲もかっこいい】

スペインでやたらお世話になっているデパート(実際使ってるのは地下のスーパーだが)のエル・コンテ・イングレスに行き晩飯の買出し。久々に生野菜を腹いっぱい詰め込む。近くでテイクアウトしてきた炒飯もおひさしぶり。

ご飯食べると無性に眠くなり10時前には眠りに落ちる。

スペイン三大祭りのひとつ、セビーリャの春祭りはすごい!

4/21 セビーリャ

朝5時前(スペイン時間)、まだ全然夜の明けていないセビーリャ到着。予約した宿はそれほど遠くないことが分かっていたので20分歩いてそこまでいく。人気のない時間ではあったが、時々フラメンコの衣装を着飾った人達と時々すれ違い既に春祭りが始まっていることをあらためて知る。(フェリアの期間は20日〜25日)

05:30宿に到着。部屋にはすぐ入れてもらえず夜が明けるまでレセプション前のソファで横になる。12時から入れると言われていたが疲労している様子に観念したか8時前部屋に入れてくれることに(つーか空いてんならとっとと入れてくれてもよかったんじゃね〜の・・)。外向きの窓のない暗くちょっと湿っぽい部屋で12時過ぎまで寝る。

シャワー浴びて午後1時過ぎ街ぶら開始。まずはカテドラルを横目にサン・セバスチャンバスターミナルまで歩き明日のグラナダ行きのバスチケットをとる。

さて街中はフリフリの衣装でいっぱい。老いも若きもこの祭りが待ちきれなかったようにおめかし。






【颯爽と会場へ。会場は馬でいっぱい】



スペイン人ってなんか今ひとつ野暮ったいな・・と思っていたが男は正装、女性は髪をアップし花をつけ、ちょっと濃い目に化粧してこの衣装を身に纏うとそれは間違いだと気付く。ばあさんも子供も皆その衣装が恐ろしく似合っていて「はい、私ラテンの血でいっぱいです」状態。



フェリア会場はもう祭りを祝う人達でごった返していた。ひっきりなしに馬車が行き交う景色はもう昔のアンダルシアにタイムスリップしたかのよう。



大きいカセータ(仮説小屋)では飲んで、食べてフラメンコ踊っていた。



その踊りはモウ、ナンカ、ヨクワカラナイケド心にドドド〜〜ンと衝撃波となって押し寄せ鳥肌が立ちっぱなし。ド感動。手の動きなんか超セクシー。小さい子供に踊りを教える母と一生懸命みようみまねで踊る子の姿はまさしく文化の伝承。



途中首に引っ掛けておいたサングラスを落とした事に全く気付かず。17年前はイタリア・カプリ島で落とした。歴史は繰り返す。。

せっかくの今日の日も天気は4時頃から雨が降ったり止んだり。夕方一度宿に戻り休憩し午後9時過ぎまた会場へ。




【セビーリャの街が闇に包まれてゆく・・】

四方八方から音が聞こえそれにあわせて踊る人達。下手な人は見当たらず全国民プロフェッショナルダンサー状態。これはもう明らかに民族性である。おばあちゃんたちも昔取った杵柄。飛び入りで踊りだしても全く見劣りせず。





それぞれの小屋ごとにグループ化されているようで日本の盆踊りのように皆で輪になって・・というのはないが見てみたい。すごい迫力間違いなし。あとここに阿波踊りの連を1グループ紛れ込ませたらすごい盛り上がりそうだと勝手なことを思ったりした。姿形変われど阿波踊りも負けず劣らずセクシーなのである。だけどほんと人のこんなに美しい動きを見たことがない!

会場では観光客が飲み食いできるところはほとんどなく夜中1時前マクドで食べて宿に戻る。


【宴は夜が明けるまで・・】

なんかすごくいいものをみせてもらった。

人生を楽しむことって何??

Life is GOOD!!


無料だからGO!ソフィア王妃芸術センターとプラド美術館

4/17 夜行バス(マドリッド−リスボン)


【右側が人間。お金をいれると目が開きます】

昼前チェックアウト。今日土曜日は午後から入場料が無料になる美術館があったので訪問。まずは午後2時半から無料のソフィア王妃芸術センターへ。ピカソの「ゲルニカ」を見たが何がすごいのか凡人には全く理解できず。


【ゲルニカの前はたくさんの人だかり】


【作者どおくまんじゃないの?】


【ダリもアリ】

このセンタ−の絵は全体的に興味がわかずあっという間に飽きてしまった(といいつつほとんどまわったけれど)。

有名なプラド美術館は午後6時から無料。ちょっと早めに着いたので石段に横になってちょっと昼寝。6時20分頃には中に入れ8時の閉館まで駆け足でとにかく有名どころを見て回る。(写真撮影禁止のため映像なし)

8時に出てマクドでちょっと食べて宿へ戻り荷物をピックアップ。地下鉄を乗り継いで南バスターミナルへ行き23時発のリスボン行きバスに乗り込む。客の半分以上は黒人。

一日中悩みに悩み来月いったん日本に帰ることにしました

4/16 マドリッド

今日は悩みに悩んだ1日。11時頃旅行代理店に行きブエノスアイレス、成田の航空券をいろいろ調べてもらっては外にでてコーヒー飲んで悩み・・を繰り返し3回目の訪問で結局一度日本に帰ることにした。e-チケットもらったときには午後7時を回っていた。こんなに悩んだのは早期退職に手を挙げるかどうか悩んで以来・・とはいいすぎか。。

日本に一旦帰国するメリットと自己満足だけど「世界一周」(ま、定義はいろいろあるけれど)と呼べるルートで旅を完遂させたいという気持ちの大・大・大葛藤であった。最後はもうコイン投げて決めたいぐらいであった。何度かは「ブエノスアイレスでいこ!」と席を立ったんだけど。。

ブエノスアイレス案が強かったとき、南米のガイドブックを日本から送ってもらおうと日本大使館に電話し、そちらに送っていいか聞いたところ、手紙はいいが小包系は何かあったときいろいろ面倒なことになるので扱いませんと返答される。言い分は分からんでもないがほんとお役所仕事丸出しだわね。期待してなかったけど。

実際のところ今、旅生活疲れのピークである。物事に感動しなくなってきているし、なにより時々今どこにいるのか分からないときがある。3つ前に訪れた街がどこだったか覚えてないし。あれ、あの出来事は、あの風景は一体どこだったっけ??ということがよくある今日この頃。これはよろしくない。非日常を楽しむ毎日が完全に日常化し、観光することが宿題化してる。これはいかん。あまりにもったいない。

たまった荷物の整理、心身のリフレッシュをして中南米に出発だ。残りあと1ヶ月弱、ヨーロッパを全力で楽しむことにしよう。もう土産も買ってやる!

夜はグラン・ビアを散歩。人でごったがえすBAR(パン屋でもありハム屋でもある)で生ハムサンドの晩御飯。




【1ユーロ】

スペイン人の夜は遅い。10時過ぎても街は人でいっぱいである。H&MやZARAあたりの店も9時半まで営業している。

ニュース見てたらアイスランドの噴火でフライトキャンセル続出してるらしい。産経新聞はマドリッドの空港の写真を載せていた。

マドリッドつくやいなや幕の内弁当

4/15 マドリッド

朝7時半過ぎ起床。最近その町を出るときは晴れる、というルールが今日も当てはまり3日ぶりの快晴。なんでこうなるの。。


【バルセロナ北バスターミナル】

メトロを乗り継ぎ北バスターミナルへ。09:30ALSA社バス発車。内陸の乾いた赤茶けた景色の中をバスは快調に走りほとんどの時間を爆睡。

17時過ぎマドリッド・アベニーダ・デ・アメリカ・バスターミナル到着。今回マドリッドに来たのは観光のためではなくヨーロッパ後の航空券を取るため。直接南米に行くか、一度日本に戻り準備するか明日決めることになる。。

スペイン広場近くに宿を取り、メトロで南バスターミナルへ行き明後日のリスボンまでの夜行バスの切符を取った。とうとうヨーロッパ最後の国ポルトガルがもうすぐそこである。


【プエルタ・デル・ソル】

プエルタ・デル・ソルの広場近くの日本食レストラン「どん底」へ直行。トンカツ定食と幕の内弁当をいただく。ヨーロッパで初めていただく懐かしの味噌汁の味が胃に沁みた。。思えばパリでラーメン、カレーを食べたがいわゆるほんとの日本食ではないことを考えると約2ヶ月ぶりの日本の味であった。最近パン類ばっかりでいい加減飽きた後の米だったので本当おいしかった。



南米行く前に一度日本に帰ろうかとも思っていたが不思議や不思議、お腹いっぱいになったら日本帰らなくてもいいや、と思ってしまった。懐かしきはやっぱ食い物だったのか。

グラン・ビアを歩き宿に10時過ぎ帰還。

カンプ・ノウでバルサ観戦!!!!!

4/14 バルセロナ


【バルサ・ナイト!】

8時過ぎ部屋を出てメトロでスペイン広場へ行き09:36カタルーニャ鉄道R5で10:40Montserrat駅下車。そこからロープウェーに乗り霧の中一気に上に上がる。灰白色の奇岩が並ぶ中腹に10分ほどで到着。ここはバルセロナから北西53キロにあるモンセラット。カタルーニャ地方をはじめスペイン各地から巡礼者が訪れるキリスト教の聖地である。



切り立った崖に作られた道を歩きサンタ・コバへ。ここからみえる霧と山の景色は最高であった。雨が今にも降り出しそうな天気ではあったが霧のおかげで荘厳な風景に。午後1時教会堂ではエスコラニアと呼ばれる少年合唱団の美しい歌声を聞く。目を閉じて聞いていたらそのまま眠りに落ちた。。



お昼ごはんは昨日買った34ユーロのセット券に含まれていた。いくつかの中から選べた上、量も多くデザートまでついて満足。

ケーブルカーに乗りサン・ジュアンの展望台へ。雨がポツポツきていたがそれでも素晴らしいパノラマ。この後モンセラット美術館を見て終了。



暇な時間を使って急遽来てみたモンセラットであったがここは大当たり。どことも似ていない景色と過去から脈々と受け継がれてきたキリスト教の歴史と人々の思いが感じられた。

6時頃バルセロナに戻る。スペイン広場駅の地下連絡通路を歩いていたら、後ろを歩いていた相棒が「ちょっとー!!」と走ってきた。なんと背負っているデイパックのチャックを外され中身を物色されそうになったのだ。向こうには去っていく小さな男の後姿が。幸い取られる前に気付き被害はなったが(というか金目のものは入ってなかった)明るい連絡通路で、それも他に人も歩いてる中、堂々とそういうことをする奴がいるという事実にビックリした。そういやホーチミンでもデジカメ取られそうになったことあるな。気を抜くなよと教えられた気がしていい教訓になった。でもちょっと怖い。その後電車に乗っても皆悪そうな顔に見えてしょうがなかった。。。。

カタルーニャ広場で時間を潰した後メトロでCollblancへ。待ちに待ったバルサの試合観戦である。


【バルサ本拠地カンプ・ノウ】





午後10時の試合開始時には10万弱入るカンプ・ノウスタジアムはほぼいっぱいであった。夢のような90分はあっという間にバルサ3-0デポルティボで終了。最初から最後まで楽勝ムード漂い応援自体はなんとなくおとなしく軍隊風応援に恐怖感さえ感じたイタリア・セリエAのほうがすごかったような気がした。(でも4日前のレアル戦はそんなわけもないんだろうけど・・)




【後半アンリ投入に盛り上がる。メッシとの競演】


夜中1時過ぎ宿に戻ってくる。今日は朝からイベント、事件てんこもりで疲れた。。
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koji

Author:koji
やったらやったでどーにかなるよ!のいい加減さと石橋叩きすぎ心配症の2面性を持つ男。
人生は一度きりとか言われるとなんかやたら焦る・・・

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