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ブエノスアイレスからリオデジャネイロ行きバス出発

02Mar2011 Night bus(Buenos Aires-Rio de Janeiro)

午前中、世界で2番目に美しいといわれる本屋がここブエノスアイレスにあるというので見に行く。本の陳列の仕方がすごいのか、働いている人が美しいのか、一体何がそんなにすごいのか分からないが相棒が見たいというのでとにかく行ってみた。入ってみて納得。そこはなんと立派な劇場をそのまま本屋にしていて舞台は喫茶店になっていた。当然売ってる本に日本語の本はなく謎が解ければ用はないということでとっとと退散。。

最後にフロリダ通りを散歩し荷物を取りに宿に戻る。このブエノスアイレス上野山荘別館には長期の沈没者が存在しすえた臭いを発している。そいつらは旅人の間ではかなり悪名高く、雰囲気が悪いので泊まるのをやめた、すぐチェックアウトした、という声を何度か聞いた。確かに雰囲気の良くない宿ではあったが、宿を切り盛りしてるおばさんは僕たちに大変良くしてくれ1階の入口まで出て見送ってくれた。

歩いてバスターミナルに行く。午後8時半、長時間乗車記録を更新するブエノスアイレスからリオデジャネイロ行きバス出発。


【バスで出された食事。とてもじゃないが食べられる代物ではない・・】
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南極ツアーの準備

17Feb2011 Ushuaia ARGENTINA

またお昼まで寝てしまった。

帽子、グローブ、フリースのインナーを買う。装備が貧弱すぎるので南極あんまり寒くなけりゃいいけど。

美味しそうな極高レストランを横目にいつものハンバーガー。流石に飽きてきた。ウシュアイアきて6日間ハンバーガーとサンドイッチしか食べてない。

コミッション払うのが嫌でWebからブエノスアイレスからサンパウロ行のバスチケットを取ろうと宿の中国人(スペイン語圏生活30年)を巻き込んで四苦八苦したが結局断念。只々疲れただけであった。明日旅行会社でコミッション払おう。。

ちょっと切れた

16Feb2011 Ushuaia ARGENTINA



午後2時前、旅行会社にバウチャーを取りに行くとまだ届いてないからまた来てくれ、という。

ついでにブローシャかなんか欲しい、と言うとそんなものはない、昨日説明したじゃないか、渡すものは船会社から何も渡されてない、スケジュールなんてあってないようなもんだ…とアーダコーダなんとかイヤらしく丸めこんでこようとする親父の態度にプチ切れ、3500ドルのツアー申し込んでる客に渡す資料1つないのか?レシート1つもらってないぞ。そっちが客の立場だったらどうなんだよ!と言って出て行った。

日本の常識は時として仇となる。いかん、こんな地の果てで日本では・・とか言ったら。。

Tierra del Fuego National Park

15Feb2011 Ushuaia ARGENTINA

午前10時過ぎ、バスに乗りTierra del Fuego National Park へ。公園事務所でまたまたやたら高い入園料65ペソを取られる。入園料と言いバス代といい3年前に発行されたガイドブックに書かれてる値段の2倍以上。さすが過去経済破綻した国、インフレなのか、ボリ根性がきついのか…。



このバスの中でほぼ同年代と思われる上海からの中国人と出会う。何の因果かしらないけど彼は今朝12日間の南極から船で戻ってきたばかりらしい。去年の年末にも40日間の飛行機での南極ツアーに参加しその時は南極点にも立ったとのこと。今日戻ってきたツアーは40日の滞在が終わった後にすぐ船で出発し、目的は南極でのダイビングだというから恐れ入った。ちなみにだいぶ前から予約をいれた船ツアーが7000ユーロ、飛行機ツアーは船の10倍だったそうな。

こちらは昨日南極行きを無理矢理諦めたばかりなのに、こうやって南極ファンが目の前に現れちゃったもんだから興味津々でいろんなことを聞きながらトレイルを一緒に歩いた。3500だったらいいんじゃない?と言われ諦め撤回。

この時点で頭ん中は南極一色。ペンギンが列をなして歩いてる姿ばかり想像してしまい折角の美しいティエラ・デル・フエゴ国立公園の景色はほとんど入ってこなかった。







3時のバスに乗りウシュアイアに戻り、さっそく宿近くの旅行会社に18日発の部屋があるか聞きに行く。

「売り切れです。」

やっぱりこういうオチだったか。でもないと言われれば諦めもつく。でも4500ドルの部屋はありますよ、と言われたがそれは無理。次の空室のあるツアーは26日発でそれは日程的に不可能だし。



諦めはついてたもののダメもとで昨日の南極専門の旅行会社へ行き同じ18日のツアーの空室確認。

「部屋あるよ、ただし3500は売れちゃったので3990ドル」

滅茶苦茶行きたいけど、3500じゃなきゃ行かない、と伝えるととりあえず申し込んで船会社に聞いてみようということになる。どんなカラクリがあるのかはわからないが結局3500でOKがでる。

その場で電話を借りてラン航空のフライト日を28日に変更。これでとりあえず南極行き決定。

ドデカハンバーガーとフライドポテトをテイクアウトし宿をもう2泊延長して本日終了。

地の果てで42歳の誕生日を迎える

14Feb2011 Ushuaia ARGENTINA

今日は誕生日。特に決められた予定もなかったというのもあってか、朝食を挟んで何と午後2時まで寝てしまった。この宿とにかく居心地が良くよく眠れる。おかげて本日どもにも行けなくなってしまった。

で、何気に南極専門の旅行会社を探し出し南極ツアーについて聞いてみると昨日他の会社で聞いた18日発のツアーが500ドル安い3500ドルで出されていることを知り色めきたつ…

でも荷物のほとんどをブエノスアイレスに置いてきてるし、本気の冬服ないし、どうせ南極まで行くならいいカメラとかビデオとか用意したいし、暇な船内で読む一冊の本も無いし、16日のブエノスアイレスのチケット取り直ししないといけないし、環境庁に届け出さないといけないらしいし、28日に戻ってきたら3月4日のリオデジャネイロ到着が厳しくなりそうだし…と行きたい気持ちを無理やり消そうとしている自分がいた。

でもホントは2人で60万も新たに使っちゃっていいのかよ…とビビっていたのがきっと本音。

南極なんてお金があったらいつでもこれるよ、ジジイになったらちゃんと準備してもう一回来よう、と無理やり納得して諦めた。

宿に帰ってラン航空を確認してみると28日のブエノスアイレス行は312ドル。一昨日は191ドルだったのに上がっていた。諦める理由がもう一つ見つかってホッとした。

誕生日だからといってやたら物価の高いこのウシュアイアで贅沢ディナーするほど気が大きくないので、ホットドッグ買ってきて2人で分けて食べた。

飾らない誕生日で十分だと思った。お金を使ってその日が特別だと思いたいのはきっと日常が満たされてないからだな。

とにかくまた1つ歳をとってしまった。この調子だと人生あっという間だ。でもいまんとこ悪くない人生、かな。

ビーグル水道ヨットツアー

13Feb2011 Ushuaia ARGENTINA


【港使用料】

9時過ぎ港に行き10時過ぎヨットのデッキに腰掛けビーグル水道の島々を見てまわる。




朝方暗かった天気も段々回復してきて近くにはアンデス山脈の南の端とその反対側にはチリ側の山々が澄んだ空気の中で美しいその姿を見せてくれた。

アシカの島と鳥の島を見たあと、上から見るとその形に見えることから名前がついたH島に上陸し島内を軽く一周し2時頃ウシュアイアの港に戻って来た。












世界最南端の町ウシュアイア到着

12Feb2011 Ushuaia ARGENTINA

朝6時半起床。7時半のチェコ人でほとんど占領されたバスでウシュアイアを目指す。車窓からの寒そうな景色はこれぞパタゴニア。

11:25船に乗り30分ほどで海を超える。地理的な理由からか、結構寒い。たまたま今までが暖かすぎたのか…



午後2時過ぎチリ出国。


【国境】

午後3時前、アルゼンチン側国境。ドライバーが客のパスポートを持って勝手に手続きして戻って来た。

19:40南極からわずか1000キロ足らずの世界最南端の町ウシュアイア到着。ツーリストインフォメーション前で一日前に到着したトミーとばったり。



宿泊代の高いここウシュアイアで手頃ないい宿を見つけた後、レストランでハンバーガーとコーヒーの夕食。

今夜中の1時。外は強く雨が降っている。雨音までもパタゴニア!

フィッツ・ロイが黄金に燃えあがった!! Life is GOOD!!

08Feb2011 El Calafate ARGENTINA

傾斜したテントではほとんど眠れず朝4時過ぎ空身で出発。寒くてどうしようもない、というほどではなかった。

懐中電灯で道を照らしながら登りを約1時間半。空の星がこの朝の晴天を約束してくれていた。

5時半頃Laguna de Los Tresに一番乗りで到着。黒いフィッツロイが目の前で聳え立つ。



6時前、東の空が真赤に燃え上がる。





7時過ぎにはその光を受けてフィッツロイの頂上が金色に輝き始め、段々それは下へ、全体へと広がって行く。息を呑む眺め。





7時15分には辺り全体が光に包まれた。快晴。俺たちはなんてラッキーなんだ。





7時半過ぎに下山し8時半キャンプ場に戻り9時過ぎにはテントをたたんで出発。



帰り道はほとんど登りがなく11時40分登山口に到着。





午後1時、カラファテ行バスに乗るやいなや睡眠不足と疲れで爆睡。4時、起きたらカラファテだった。明日のプエルト・ナターレス行バスチケットを購入。

午後7時半、5人で取る最後の晩餐はビュッフェ。最初で最後の外食。最近ろくなものをとっていないので狂ったように食べた、と言いたいところだがすっかり胃が小さくなっていることもあってすぐおなかいっぱいになってしまった。

今日はエルチャルテンも暑かったが、カラファテも風なく暑かった。

結局通算5泊もしたカラファテの宿、5人で1部屋独占できたこともあって、いい居心地でした。

氷河の次はフィッツ・ロイが襲ってきた!!

07Feb2011 Poincenot camp site ARGENTINA

朝7時のバスで5人でエル・チャルテンへ。


【車窓から見えてきた!】

10時過ぎに到着したエルチャルテンの町からは青い空と茶色いフィッツロイとトゲトゲの山々が迎えてくれた。絵葉書のような景色。まじですごい。男性的で格好いい。


【アニメ風】

もうひとつすごいのがここの国立公園は入園料からテント設営料までぜーんぶタダということ。ペリト・モレノを筆頭にやたら高い入園料がないのは非常に助かる。

町中のお店でテントと寝袋、ストーブ等々をレンタルし、ちょっとした食糧を用意して13:15トレッキング開始。





最初の1時間は登り。時々顔を出すフィッツロイの山群が恐ろしく美しい。



14:50カプリ湖到着。この公園の水はすべて飲むことができる。で、遠くに半裸で水遊びをしている奴らをみながら湖の水を飲むのは格別である。



午後4過ぎPoincenotキャンプサイトに到着。晩御飯はお湯で煮込むリゾット。味は想像通り。





夜10時頃にはテントに入るも傾斜で体が寝袋ごとずり落ちなかなか寝つけない…。

ペリト・モレノ氷河がドド〜ン Life is GOOD! !

06Feb2011 El Calafate ARGENTINA

朝7時過ぎのピックアップバスに乗り1時間半。ロス・グラシアレス国立公園の入口で挨拶がわりにまず100ペソ徴収される。。た、高い。



それはいきなり現れた。





青く輝く白い壁、ペリト・モレノ氷河だ!すげ〜、すごすぎる。バルコニーと呼ばれる氷河のすぐ目の前に作られた展望施設をハヤル気持ちを抑えながら降りて行く。



目と鼻の先に氷河の末端。一時間もない時間の中でタイミングよく氷河の崩落も見ることができ感動2倍。何時間でもここで氷河が崩れるのをみていたいと思った。



バスで船着場へ移動し、池の向こう側氷河側へ渡り40分程氷河の脇を歩いたところでクロンポンとハーネスを装着し氷河ウォーク突入。風がちょっと冷たくなる。







白と青の世界。カリカリの氷の上を3時間程歩く。



溶けた氷河がなんとも言えない青い水たまりをつくる。飲んでみると当たり前だけど、冷たくておいしい。一体何十年前の雪がこうやって下まで降りて来てるのか、不思議。



午後6時頃カラファテに戻ってくる。今日一日快晴で上から下からの紫外線攻撃で肌黒焦げで痛い。

イヤーすげえの見せてもらった。

Life is GOOD!
プロフィール

koji

Author:koji
やったらやったでどーにかなるよ!のいい加減さと石橋叩きすぎ心配症の2面性を持つ男。
人生は一度きりとか言われるとなんかやたら焦る・・・

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