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ラクダでサハラ!Life is GOOD!!

4/30 サハラ砂漠



午前11時迎えに来た車に乗り込みメルズーガへ。途中化石採掘場とジモッチーテントに立ち寄る。



1時間ほど道なき道を走りに走るとメルズーガ近くではオレンジ色のサハラ大砂漠がお出迎え。



砂漠というよりもはや山脈である。いい感じの宿泊施設に入り部屋に荷物を置く。ここには泊まらないけど。




【宿のすぐそばまで砂丘がせまる】

レストランでランチをとったあとプールサイドで読書。プールの水は冷たくて入ってられなかった。シャワーを浴びて16:30ラクダにまたがり砂漠ツアースタート。


【ガイドのハッサンとやる気のない2頭】


【圧倒的!】

30分もすると360度砂漠状態。



陽があたると砂山はオレンジ色に輝き美しいという言葉ではなく異次元の世界。。遠くまできたもんだと一人悦に入る。





2時間弱ラクダに揺られテント到着。他のツアー客も到着し沢山のラクダがおとなしくお座り。(彼らは大テント。我々は小テントでほかに客なしで寂しい感じ)近くの山に裸足で登ってみる。砂はさらさらで歩きにくい。風が吹くと砂が飛ぶ。風がこんなに吹いているのにどうして山ができるの?と思った。平坦になりそうな気がするんだけど・・。





晩飯はガイドのハッサン手作りのチキンタジン。味がなかった。

外に敷いたマットレスに寝そべり上を向いて星が出てくるのを待つ。



以前エジプトの砂漠で見たときは結構すごかった。今回はそれ以上だろ、と勝手に予測していたが出てきたのは星ではなく雨雲。ポツポツ落ちてきたときには信じられなかった。ま、まじ。。サハラであ、雨・・・?すこし星が出ては、すかさず雨の繰り返し。外で寝てると雨に濡れるのでテントに入って寝ることに。

天候は残念だったけど砂漠の真ん中でこうやって一夜が過ごせることは大満足であった。

Life is Good!
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乾燥の大地。エルフード到着

4/29 エルフード

今夜は満月。月明かりが柔らかく砂漠らしき荒涼とした土地をを照らし続ける。夜が明けてくると眠気で朦朧とした意識の中、茶色い大地が広がっていることに感動する。



5時頃エルフード到着。どっちでもよかったリッサニ行きは諦め予定通りここで降りる。いきなり怪しすぎる日本にいたことがあると日本の運転免許証を差し出してきたあほなやつにいらつきながら近くの宿にチェックイン。宿の前のカフェでコーヒー飲んだ後部屋で眠る。


【宿の窓から】

このバックパッカー宿のおやじのハッサン(といっても俺より6つ若いらしい)は結構信頼できるいい奴。従兄弟の送迎ついでに車で街をながしてもらう。



さすがここまで来ると紫外線は凶暴で気温も初めて暑苦しく呼吸しづらい。食欲はほとんどなくただ乾いた水分を補充したくなるだけ。コーラだのファンタだのをただがぶ飲み。

何もやる気が起きないため午後も昼寝。午後5時半ハッサンに化石博物館に連れて行ってもらう。ビジネスで化石を海外の客に売っているらしく週4日は通っているらしい。このあたりは結構化石が取れるらしくなかなかおもしろい展示物がたくさんあった。数億年前の地球に思いを馳せてみる。石になって目の前にいる生物もかつては動いていたんだな・・と思うと奇妙な感じ。人間も数千年後にはこの地球を壊滅させようとした生物として展示されるのかな。



夜、気温が下がったところでFAR広場のあたりをぶらついてみるが特に人がでてきているわけでもなく寂しい雰囲気。とっとと宿に戻り窓開けっ放しで寝た。

懲りずに再度フェズ・エル・バリの迷路へ

4/28 夜行バス

夜中何度も蚊に起こされる。2匹は退治したがまだいたらしい。。11時過ぎチェックアウト。

近くのレストランで遅い朝食をとった後、昨日の復讐に向かう。ブー・ジュルード門前のカフェでゆっくり休憩しゆっくり歩を進めメディナ侵入。





昨日たどり着けなかったのはタンネリと呼ばれる革の染色職人街。今日もなかなか見つからず10人以上聞く羽目に。タンネリなんてどうでもいいけどここまで来たら意地でもみなくちゃ、と探し続ける。どうやらこの景色を見るには誰かの建物に上がらなくてはいけないようで金目当ての奴らが、俺が連れて行ってやる、だのここから屋上に上がれ、上がれとうるさい。

結局みやげ物やの中からお望みの景色にはようやく会えたもののそこの兄ちゃんも金金と立ちはだかる。そいつはちぎったものの出口で親分みたいなじじいにも追いかけられ20円ほど渡して大変気分の悪いタンネリツアー終了。モロッコ人好感度50%ダウン。


【これを見るために大変なことに・・】

その後迷路を彷徨いつつどうにかギッサ門まで辿りつきちょっと小高いところからメディナを眺め2日間に渡るフェズ・エル・バリ攻略、疲労濃い中終了。




【いやはや、疲れた・・】

タクシーで宿まで戻りカフェで時間を潰し夜9時の夜行バス発車を待つ。。

8時頃バスターミナル到着。近くにいたカナダ人旅行者がひとつ向こうのリッサニまでのチケットを持っていることに気付き窓口で変更を申し出るも不可能、エルフードで新しくチケットを買ってくれといわれる。できないわけねーだろ、と思いながらも引き下がる。

21:00発車。

フェズ・・世界最大の迷路を彷徨う

4/27 フェズ

8時起床。朝は使えないといわれたホットシャワーは問題なし。使えない、ではなく使うなということか。。

8時45分お散歩開始。今日も快晴。日差しが眩しくサングラス無しでは目が痛いほど。先日セビーリャで落とすまで4ヶ月使うことなくただのお荷物だったのに、ようやく必要になったら手元にない、とは。

ハッサン2世通りを北上してフェズ・エル・ジェディド地区へ。観光客は入れない王宮の正門と壁を見ながらダッカーキーン門を抜け世界遺産にも登録されている「フェズ・エル・バリ」を目指す。


【王宮正門】




【鳥が綺麗に並んでた】


【フェズ・エル・バリが見えてきた】

ブー・ジュルード門から世界最大にして世界一の迷路と言われるメディナに入る。入ったところで簡単な朝食をとり地図を片手に出撃。


【ブー・ジュルード門】


【水場】

最初は地図を見て自分の位置を確認しながら歩いていたが、途中からお決まりのように自分がどこにいるのか分からなくなる。


【迷わせる仕掛けがたくさん】

小さな路地は枝のように四方八方に伸びていて目で来た道を確認したはなから後ろを振り向くともうどっちの方向から来たのか分からなくなる始末。「犬並みに」自分の方向感覚には自信があったがここの迷路はすごかった。行きたいところにもたどり着けず完敗。



人、埃、匂い、坂、音、強烈な紫外線、加えてどこを歩いているか分からない状況が風邪に蝕まれている弱った身体から容赦なく体力を削っていく。ほとんどそこに思考は働かず出口を探してただ彷徨うだけ。ブー・ジュルード門に戻ってきたときには体はすっかり疲れ果て、出口のカフェに落ちるように座りコーラ一気飲みした後そのまま眠ってしまった。

歩いて帰ろうという気は起こらずヨーロッパで1回も使わなかったタクシーで新市街に戻る。プチタクシー代はかなり安く今後お世話になるかも。CTMで明日の夜行バスのチケットを取り宿に帰り体力回復させるためお昼寝。

数時間寝た後、昨日のカフェに晩御飯を食べに行く。酸っぱいドレッシングがやたらおいしいモロカンサラダとちょっと苦手なスパイスの効いたチキンタジン。

回復してきたと思っていた風邪はまた復活し夏風邪の様相。1日3回きちんと風邪薬を飲むはめに。

緑の美しい大地。フェズ到着

4/26 フェズ

よく寝た。体調もかなりよくなってきた。


【今日は快晴。青い壁がよく映える】

デニッシュとコーヒーだけの朝食を1階のレストランでレストランでとり11時チェックアウト。月曜木曜の週2回たつマーケットをバス停に行く途中歩いた。ヤギから下着、ガラクタまで何でもござれのよく見かける市である。



バスは13時発車。途中ひとつの山全体が白い壁の家々に埋め尽くされているすごい街を見た。バスの運ちゃんに聞くとウェザーンと言う街らしい。あんなのが普通にあるこの国はすごい。


【山全体がメディナ】

フェズに着くまでの4時間半、ず〜〜〜〜っと柔らかな緑と金色にも似た小麦かなんかの穂のコントラストが美しい桃源郷のような景色が続く。どこにも日本人がイメージしているアフリカはない。この景色を眺めながらウタタネする幸せのヒトトキ。





のどかな景色から一転、急にどでかい街が向こうに現れる。ここのところずっと大都会ばかりを回ってきていたからいいかげん食傷気味。騒がしいから落ちつかないし移動大変だし。。街をみてちょっと面倒くさそうだな・・と思った。

17:30フェズ到着。でかい街。排気ガスにまみれながら宿探し。ここから距離のある旧市街は避け新市街で泊まることにして2件目で荷物を置く。この安宿午後8時からしかホットシャワー使えないとのことで水シャワーして新市街を街ぶら。

ネットをしようとマクドへ。モロッコではまだWIFIの使えるカフェを見たことがない。ネット環境まだまだのようである。このマクドもWIFIなし。ちなみにマクドの料金は結構高め。明らかにちょっと生活レベル高い人たちしかいない。(ビッグマックミール約510円)

シャウエンの青い壁とモロカン料理

4/25 シャウエン


【シャウエンの青い壁】

9時半前チェックアウトしストリートカフェでコーヒー。日曜だからか活気のない朝。
10:00がらがらのフェズ行きバス発車。アフリカらしからぬ緑あふれる景色。でもここはアフリカだという事実が気持ちを高揚させ何度も車窓から写真を撮ってしまう。世界遺産の街ティトゥアンは白いメディナ(旧市街)が山に張りついているように見えた。

午後1時頃シャウエン到着。1キロ先のメディナまで急な上り坂を汗かきながら上がっていく。メディナに入るとひっきりなしに行き交う地元の人間で活気があった。青く塗られた壁が有名なところであるが生憎の曇り空で残念。。5つ目に入った宿に決め早速迷路のようなメディアをうろつく。





メディナの家すべてが青くなってるわけじゃなくて茶色だったり、白だったりとまとまりがない。けっこういい加減に塗ってるのだが、まそんなことはモロッコ人はしったこっちゃない。お店ではペンキの元みたいないろんな色の粉が売られていた。

メインに使っているクレジットカードのキャッシングが昨日とうとう限度額いっぱいに。今日初めてリーマン時代に作っておいた会社提携の無料ゴールドカードを使う。持ってきておいてよかった。

お昼ごはんはモロッコスペシャルとも呼ぶべきベジタブルクスクスとチキンタジン。


【定番タジン】


【定番クスクス】


【定番ミントティー】

日本でも何度か口にする機会があったクスクス。おいしいと思ったことはない。スムールという粗粒状の蒸された小麦は味がなくやっぱり今ひとつだったが乗った野菜(タジンと同じ味付けだったけど)の味はおいしかった。あと果物屋で買ったびわも日本の味と全く変わらずおいしい。


【魔法使いのような服きたおじいちゃんがいっぱい。よからぬ相談か?】

彷徨い疲れ午後8時前宿に戻る。体調がまだ万全でないためちょっと横になったら寝てしまい結局その後夜の散歩できず。近くのレストランでケーキとポテチを買ってきてそれを晩御飯とする。

2夜連続コンセントなしの宿だった。

アフリカ大陸上陸!モロッコ・タンジェへ

4/24 グラナダ−アルヘシラス−タンジェ【モロッコ】

夜中何度か目が覚め悪寒と戦う。。

7時起床。風邪の症状はまだまだきつい。8時前鍵を返すことができず部屋に置いて出る。タイミングよく来た33番のバスに乗りバスターミナルへ。



09:00発車したバスは立ち寄ることができなかったマラガを経由して12:45アルヘシラスに到着。車窓から見える太陽サンサンの景色は何故かオーストラリアのイーストコーストを思い出させた。



1キロほどの先の港まで歩き13:30発のスピードボートのチケットを購入しスペイン側パスポートコントロールを抜け待合室で遅れている船の到着を待つ。


【アルヘシラスの港】

ジブラルタルを渡ったことのある友人Yはかなりの揺れで吐いてしまった、との話を聞いていたのでビビッた相棒は久々に酔い止めを飲み船に乗り込む。そんなに古くはない。4ヶ月前の燕京号と遜色なし。


【船のキオスク】

2時過ぎ出航するやいなや入国カード書かされモロッコの入国スタンプを押される。幸運にも海はほとんど荒れてなく船酔いするほどのものではなかった。というより風邪で頭がボーっとしている上、関節痛で船酔いを感じる余裕もなかったのが正直なところ。ヨーロッパからアフリカへの楽しい移動のはずがこの体調不良でデッキに出て景色を楽しむどころではなかったのが悔やまれる。でもさすがに白い壁建ち並ぶ土地を船から向こうに見ると、「おお、アフリカ」とつぶやいてみたくなる。


【おお、アフリカ】



朝から水1滴も飲んでいなかったので船中でマフィンの昼食。

約90分後の15:30(モロッコ時間13:30)。エジプト以来17年ぶりのアフリカの大地モロッコ・タンジェ上陸。荷物検査されるでもなくすぐ外へ。「インフォメーション、インフォメーション」と怪しいおじさんがいきなり登場したりしてなんだか笑ってしまう。そういうの待ってたんだよ。ヨーロッパではほとんど見かけなくて寂しかったよ。。でもあんまり登場しすぎるとすぐ愛想悪くなるけど。

アラビア語の看板を見るとアフリカと言うより中東を思い出し、またタンジェの街はオマーンのマスカットのようだった。

最後の力をふりしぼり20分歩いて宿に。今日の宿代は2700円ほど。ちなみに500mlのコーラは55円。こないだまで250円以上払わされたこともあったからようやくあのバカ高い毎日から開放されてほんと嬉しい。これで遠慮なく飲み食いできる。。

部屋に入ると相棒は酔止め薬の副作用とうつされたらしい風邪の症状でダウン。時計をモロッコ時間に2時間戻すとまだ午後2時。こっちも体調悪いのでちょっと昼寝。

夕方1人で外出。明日のバスチケットを買った後、街ぶら。Tシャツ1枚ではまだまだ寒い天気。迷路のようなメディナを歩き、なんだか久々に外国に来た気がした。


【メディナへの入口】

プチ・ソッコ、グラン・ソッコからバスツール通りを歩いて帰ってくる。しつこいがアフリカではなくここは何もかも中東である。レストランも頭の悪そうなでもなんか憎めないハシシ売りのおじさんも。

アルハンブラで風邪をひく

4/23 グラナダ

宿のちょっと日本語喋る陽気な親父の進言どおり朝07:45にはアルハンブラ宮殿のチケット売り場の列に並ぶ。予約無しの当日販売分は売り切れる(または入場を待たされる)ことがあるというのだ。が、行ってみるとたいした列でもなく簡単に09:30ナスル朝宮殿入場チケットをゲット。

カルロス5世宮殿、アルバイシンの白い壁の街が眼下に見下ろせるアルカサバを回る。




【雪山も見えた】


【これがアンダルシアの色】

09:30メインであるナスル朝宮殿に入る。ここがかつてグラナダ王国時代のイスラム最後の砦だったころの名残が随所に現れる。






【この幻想的な写真の正体は・・】


【池に映ったこの建物】

夏の別荘ヘネラリフェを回って終了。超有名観光地だが私的には今ひとつ。。でもその理由はアルハンブラにあるのではなく日本に帰るかどうかで「めちゃくちゃ」悩んでるから。。

昼、一度宿に戻り休憩しその間にヨーロッパの格安航空会社のEasy Jetでマラケシュ−マドリッド間のチケットを取る。愛用Air Asiaをも超える値段設定にビックリ。2週間前の購入にもかかわらず預け荷物なければこの区間2500円ぐらいからある。(船でジブラルタル渡るだけで6000円ぐらいするのが馬鹿らしい)モロッコ往路はゆっくり周り復路は一気にマドリッドまで飛ぶことにしてさっそく予約。

3時過ぎ散歩再開。サクロモンテ、アルバイシンのニコラス展望台、ロナ展望台、カテドラルと回りグラナダの景色を堪能。


【サクロモンテ】




【ニコラス展望台】


【展望台からアルハンブラをのぞむ】


【カテドラル】

夕食は昨日に引き続きの生野菜と電子レンジ用ピザ、いちご。

今日は朝から風邪の兆候があった。時間がたつごとに悪化し夕方にはのどの痛みと鼻づまりに悩まされることに。

セビーリャからグラナダへ

4/22 グラナダ

夜中、蚊に手首をやられその痒さと羽音に眠れなくなる。昨日朝、頬をやられたがとうとう蚊の生息地帯&時期に突入したのか。。


【なかなか味のある宿だったけど】

10時半チェックアウト。青空の下、昨日は全く開いていなかったショップが賑わっているのを見てもう1泊したい気持ちを抑えつつ(泊まれないのだ、宿が高くて・・)歩いてバスターミナルへ。


【カテドラルとヒラルダの塔】

12時バスの一番前を陣取り発車。緑の景色の中を3時間。


【スペイン南部で雪山って変な感じ】

15時グラナダ到着。ついたその足でチケットブースに並び明後日のアルヘシラス行きチケットを取る。

グラナダ。初めてこの地名を聞いたのはガンダム。このグラナダと関係あるかどうかはしらんが。。33番のローカルバスに乗りカテドラル前で下車。宿探し1つ目で入ったところが安くて清潔そうだったので即決。


【スペインは雲もかっこいい】

スペインでやたらお世話になっているデパート(実際使ってるのは地下のスーパーだが)のエル・コンテ・イングレスに行き晩飯の買出し。久々に生野菜を腹いっぱい詰め込む。近くでテイクアウトしてきた炒飯もおひさしぶり。

ご飯食べると無性に眠くなり10時前には眠りに落ちる。

スペイン三大祭りのひとつ、セビーリャの春祭りはすごい!

4/21 セビーリャ

朝5時前(スペイン時間)、まだ全然夜の明けていないセビーリャ到着。予約した宿はそれほど遠くないことが分かっていたので20分歩いてそこまでいく。人気のない時間ではあったが、時々フラメンコの衣装を着飾った人達と時々すれ違い既に春祭りが始まっていることをあらためて知る。(フェリアの期間は20日〜25日)

05:30宿に到着。部屋にはすぐ入れてもらえず夜が明けるまでレセプション前のソファで横になる。12時から入れると言われていたが疲労している様子に観念したか8時前部屋に入れてくれることに(つーか空いてんならとっとと入れてくれてもよかったんじゃね〜の・・)。外向きの窓のない暗くちょっと湿っぽい部屋で12時過ぎまで寝る。

シャワー浴びて午後1時過ぎ街ぶら開始。まずはカテドラルを横目にサン・セバスチャンバスターミナルまで歩き明日のグラナダ行きのバスチケットをとる。

さて街中はフリフリの衣装でいっぱい。老いも若きもこの祭りが待ちきれなかったようにおめかし。






【颯爽と会場へ。会場は馬でいっぱい】



スペイン人ってなんか今ひとつ野暮ったいな・・と思っていたが男は正装、女性は髪をアップし花をつけ、ちょっと濃い目に化粧してこの衣装を身に纏うとそれは間違いだと気付く。ばあさんも子供も皆その衣装が恐ろしく似合っていて「はい、私ラテンの血でいっぱいです」状態。



フェリア会場はもう祭りを祝う人達でごった返していた。ひっきりなしに馬車が行き交う景色はもう昔のアンダルシアにタイムスリップしたかのよう。



大きいカセータ(仮説小屋)では飲んで、食べてフラメンコ踊っていた。



その踊りはモウ、ナンカ、ヨクワカラナイケド心にドドド〜〜ンと衝撃波となって押し寄せ鳥肌が立ちっぱなし。ド感動。手の動きなんか超セクシー。小さい子供に踊りを教える母と一生懸命みようみまねで踊る子の姿はまさしく文化の伝承。



途中首に引っ掛けておいたサングラスを落とした事に全く気付かず。17年前はイタリア・カプリ島で落とした。歴史は繰り返す。。

せっかくの今日の日も天気は4時頃から雨が降ったり止んだり。夕方一度宿に戻り休憩し午後9時過ぎまた会場へ。




【セビーリャの街が闇に包まれてゆく・・】

四方八方から音が聞こえそれにあわせて踊る人達。下手な人は見当たらず全国民プロフェッショナルダンサー状態。これはもう明らかに民族性である。おばあちゃんたちも昔取った杵柄。飛び入りで踊りだしても全く見劣りせず。





それぞれの小屋ごとにグループ化されているようで日本の盆踊りのように皆で輪になって・・というのはないが見てみたい。すごい迫力間違いなし。あとここに阿波踊りの連を1グループ紛れ込ませたらすごい盛り上がりそうだと勝手なことを思ったりした。姿形変われど阿波踊りも負けず劣らずセクシーなのである。だけどほんと人のこんなに美しい動きを見たことがない!

会場では観光客が飲み食いできるところはほとんどなく夜中1時前マクドで食べて宿に戻る。


【宴は夜が明けるまで・・】

なんかすごくいいものをみせてもらった。

人生を楽しむことって何??

Life is GOOD!!


プロフィール

koji

Author:koji
やったらやったでどーにかなるよ!のいい加減さと石橋叩きすぎ心配症の2面性を持つ男。
人生は一度きりとか言われるとなんかやたら焦る・・・

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