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パツクアロ周辺を現地の人に案内してもらった

31Oct2010 Patzcuaro

約束の10時、宿近くの図書館に行くとマリア、ジミーさん夫婦が車で迎えに来てくれた。彼女の家に行くと兄弟、甥、猫3匹が迎えてくれた。味噌汁、板のり付朝食を庭でおいしくいただいたあとは8人で車に乗り込んでマリアさんの弟運転手でドライブスタート。



まず最初に連れて行ってくれたのはSanta Clara del Cobreと言う名前の通り銅で有名な町。タスコが銀ならこっちは銅で勝負だ!といわんばかりの銅を売るお店が通りに一杯。鍋などのキッチン用品からアクセサリーまで物欲をくすぐるなかなかのデザインの商品が並んでいた。工房を兼ねているお店で胴を鍛える実演を見せてもらう。





お昼は美しいシラウエン湖が見えるテラスでその湖で取れた魚(ワカサギみたいな魚のフライと大きな白身魚のフライ)をいただく。味はぶっちゃけ普通。白身魚のフライは油ギッシュ。



次はErongaricuaroという町へ。ここでも明日の死者の日のイベントが行われていた(というよりどの町もそれ一色)。タラスコ地方の伝統舞踊「老人の踊り」が子供達により披露されていた。タップダンスのようなリズミカルな踊りにみにきていた子供達も一緒に踊りだす姿が微笑ましく楽しかった。



Quirogaという町ではここ一番というレストランでローストされた豚をトルティージャで巻いていただいた。遅い昼からそんなに時間が経っていなかったので味も今ひとつではあったがあっという間に5枚も平らげてしまった。レストランは明らかに高級な雰囲気で身なりからも”そこらへん”の人達はいないようであった。これはサンディエゴに住んでるマリア夫妻のアメリカマネーのおかげのようだった。毎年この時期に帰ってきては兄弟、親戚一同にいい思いをさせてあげているのだろう。



兄弟、甥、みんなとてもおとなしい人たちで英語が喋れない彼等(ジミーはスペイン語が喋れないのでここも以心伝心)ではあったが私達をもてなそうとする気持ちが素直に伝わってきてとても好感が持てた。旅先でこうやって見ず知らずの人にもてなしてもらうと本当嬉しい。話しかけてくる者は悪者と思え!が基本でいろんな危険を避けてきた自負はあるけれど・・。でもいろんな意味で気〜遣いの我々もちょっと疲れるんだよね、こういうイベント。



でも人の優しさに触れるというのはいいもんだ。ただただ幸せである。俺に同じことができんのか?と自問自答。

夜、明日ここに来るジョンソンの部屋探しのためホテル回り。はっきり言って安い部屋なんて祭り本番の明日なんて絶対無理だと思っていたら、あるホテルで一部屋空室発見。よかった。。

ここんとこ目と鼻がムズムズする。よく考えたら花粉症の症状と同じ。今町中を飾ってるオレンジの花が原因だとしか考えられない。。

メキシコに来てあっという間に1ヶ月が過ぎた。
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さて、噂のパツクアロ到着

30Oct2010 Patzcuaro

10時半発のバスに乗り1時間ほどでパツクアロへ。ローカルバスに乗り換えボカネグラ広場に12時過ぎ到着。



死者の日Dia de Muertosを11月2日に控え準備に盛り上がってる熱気が既に感じられた。私の勝手な解釈では、この死者の日は日本のお盆のラテン版である。先祖が年に一度戻ってくるので一族で楽しく盛り上がろう!てなもんであろう。見る限り陽気だ。





さて懸案の宿探し。メキシコ屈指の死者の日観光地だけあってやはり一杯のところ多く、このまま今日トルーカに帰んのか・・と覚悟した4件目で部屋が見つかる。値段はちょっとフィエスタ価格っぽい。(その後いくつかホテルを回ってみたが、殆ど満室。あってもかなりの値段であった)

荷物を置いて町ブラ。宿のおじさん、おばさんとは全く会話にならないので、まずは観光案内所へ行き地図と死者の日プログラムを貰ってきた。いくつかの催しは行われているようであるがやはり本番は11月1&2日のようだ。しかしこの小さな中心部はお土産を売る出店で一杯で既に観光客で賑わっていた。明らかにメキシカンじゃない観光客の姿も見えた。


【この地方の「老人の踊り」を見た】

今日もお約束の昼寝を2時間ほどとり夕方晩飯もかねて町ブラ。あるレストランの入り口でメニューを見ていたら、お昼声を掛けられたマリアさん夫妻に再会。彼女は30年前に5年ほど大阪に滞在したことがある(が日本語は忘れたらしい)。サンディエゴにアメリカ人の旦那と住んでいるが毎年このパーティの時期に里帰りするとのこと。一緒のテーブルに座り明日また会いましょう、という話になる。



宿までの帰り道、土産物屋を覗きながら歩く。骸骨グッズはなかなか出来のいいものも多く欲しくなるが、骸骨模型持ってあと5ヶ月歩けないので当然ながらパス。



相棒、毛虫の攻撃を受ける

29Oct2010 Uruapan

火山に行くのはお金も時間もかかるということで昨夜の時点で諦め10時過ぎ起床。近くの国立公園に行こうと歩いてたらパレードにでくわす。





公園近くまで来てたのにパレードについて行ったら反対のプリンシパル広場まで戻ってしまった。青い空の下の陽気すぎるパレード。見てるだけで何故か笑顔でいられる素敵な時間。パレードはいい。ああリオのカーニバル楽しみ。




【死ぬほどおいしいイチゴ果実たっぷりアイス】

ポテチとジュース買って国立公園内へ。澄んだ川と熱帯の草木、時々配置された滝が散歩を飽きさせない。。



とある場所で休憩してると相棒が指が痛い、と言い出す。首の辺りも・・なんかいる?というので見ると毛虫。虫が死ぬほど嫌いな相棒は周りにたくさん人がいるというのにウッキーと大騒ぎ。管理事務所にクリームを貰いに行ったらほっといて問題ない、と言われすごすごと帰ってくる。こんなこともあったが夏の暑いときならこの川で一日中泳いでいたい、美しい公園であった。



一度宿に帰って昼寝した後、外へ出る。数日後に控える死者の日用のコスチュームコンテストが特設会場で開催されていた。特にたいしたことは無いように見えるがたくさんの人が集まって黄色い声援が飛び交っていた。小さい町だからみんな知り合いなんだろな。



昨日はこの何にも無い町に来てちょっと後悔していたが、パレードと公園で楽しい一日。単純だけど来てよかった。

1枚の写真から急遽ウルアパンへ

28Oct2010 Uruapan

朝4時までネット。起きたら11時で急いでチェックアウトして散歩。水道橋を再度見て甘味市場を回る。


【死者の日へ向けて】



さてそろそろトルーカに帰ろうかと考えていたとき、ふとある土産物の写真が目に入る。それは行こうと思ってたが諦めたハニッツィオ島であった。え、こんなえ〜感じのとこなの?ぐらつく。その場所はもう既に昨日通り過ぎているのだ。。ちなみに4日後の11月1日からは死者の日Dia de Muertosの行事で盛り上がるらしい。


【ここでハニッツィオ島の写真を見てしまった】

その行事までまだ日にちがあるのでバスターミナルで急遽ウルアパンというところまでチケットを買った。2時間ほどでウルアパン到着。4軒目くらいで決めた宿は安くていいところだったが客は他に全くいないようだった。

明日パリクティン火山まで行く方法を知ろうとガイドブックに書かれているツーリストインフォメーションを探してみるがもう既になかった・・。つーかこの町、観光客がいる気配がない。町の人のみならず宿の人間もまったく英語を理解しないし。。

晩飯に揚げタコスを食べると最早この町でやることはなくなった。洗剤とバケツを買ってきて洗濯に精を出した。静かだと思ったこの宿も近くのバーかなんかが遅くまでうるさい。

ほんとなら今頃トルーカのジョンソン宅でゆっくりしてるはずだったのに。

世界遺産2発。グアダラハラのオスピシオ・カバーニャスとモレーリア歴史地区

27Oct2010 Morelia

チェックアウト前に世界遺産「オスピシオ・カバーニャス」を訪問。



1980年までは病院、今は文化センターとして利用されている建物である。バックグラウンド知らないだけに正直「なんじゃ、こりゃ」系世界遺産。世界遺産に登録されているというだけで70p(学割35p)も入場料取るなよ。。



午後1時半ETNという高級バス会社を初めて使いモレーリアへ。またこのバスがすごかった。3列シートの広さはもちろん、なんと車内でWIFI使用OK!まるで高速列車のように揺れない車内。いつもより、より深く爆睡。

ターミナルからはタクシーでモレーリアのセントロへ。宿を決めて町ブラ。


【ホテル外部はこんな外観だけど・・】


【建物の内部はこんな感じでえ〜感じ】

この町の歴史地区も世界遺産。日が暮れてからの街の雰囲気はなかなかいいものがあった。でも正直ちょっと飽きてきている雰囲気でもあるけれど。



さっきガイドブック見てみるとこの1週間訪れた町は全部世界遺産だったことが判明。

・ケレタロの文化財地帯
・グアナファトと銀鉱群
・テキーラ産業施設群と景観
・グアダラハラのオスピシオ・カバーニャス
・モレーリア歴史地区

なんだかメキシコ、世界遺産だらけ。現在29も登録されてるらしい。

飲めないのにテキーラツアー

26Oct2010 Guadalajara

メキシコに来てからというもの、夜遅く朝だらだら生活が続き本日の朝8時起きはきついものがあった。寝ぼけ眼でテキーラツアーの集合場所へ向かう。9時半過ぎ30人ほどの客を乗せたバスで50キロ離れたテキーラへ。

1時間半ほどで農園所有の工場に到着。真青な空の下、アガベというテキーラの原料になるサボテンっぽい植物が乾いた大地に並ぶ景色はなんだかこれぞメキシコ!という感じ。いわゆる葉の部分は切り落とされパイナップルみたいになった球根?の部分が使われる。









午後1時テキーラセントロに場所を移動してもう1件の工場を見学。ともに最後にテキーラの試飲があったのだが、全く酒に興味の無い私はちろっと味見しただけ。



アガベ畑が見渡せる高台のレストランで遅い昼食を取ってグアダラハラに6時前戻ってきてツアー終了。



酒は飲めなくとも今までのどの町とも違うメキシコが感じられ楽しい一時であった。

アホの一つ覚え・・昨日と同じレストランでまたお腹一杯食って宿に。

グアダラハラって何があるんだっけ?

25Octf2010 Guadalajara


【楽団同行ツアーでもらった陶器は重いので泣く泣く宿に置いてきた・・】

10時半チェックアウトしバスでバスターミナルへ。11時45分発のバスでグアダラハラへ向かう。4時間の移動、車窓からの景色を眺めることなくほとんど寝てた。


【さよなら、グアナファト】

午後4時前到着。しかしこのバスターミナルからグアダラハラのセントロまで乗ったバスが悪かったのか約1時間もかかってしまった。

昨夜予約しておいた「豪華ホテル」にチェックインし早速散歩。美しく騒がしいグアナファトから来たこともあって何だか何にもない中途半端に大きい退屈な街。。


【カテドラルは立派だけど】

途中、観光案内所で明日のテキーラツアーを申し込む。ここのおばさんも例に漏れず人懐っこく優しい人で苦手な英語で一生懸命喋ってくれた。こういう人に会うと今でもドイツ・ミュンヘン観光案内所の横柄でぶっきらぼうな嘘つきクソ親父のことを思い出し胸糞悪くなる。あいつまだあの仕事してんのかな。絶対不適格な奴であった。


【ハリスコ州庁舎の壁画「立ち上がる僧侶イダルゴ」】

さて夕食にと時々現れる中華レストランを物色していたら客で一杯のファミレス風ビュッフェレストランを発見。まずはいつもどおり料理を見せてもらう。美味しそうだったので席に着くことに。なんと今はプロモーションで1人分の料金で2人OKとのこと。超ラッキ〜とイレコンデ食い漁りいつものごとく気分悪くなって外に出る羽目に。

ミイラ博物館のミイラはどこから盗んできたの?

24Oct2010 Guanajuato


【一目でめちゃくちゃ気に入ったマスク豚貯金箱。でも買えね〜】

結局朝5時過ぎまで起きてた。5時になっても外があまりにも騒がしいので外に見に行ったら警官だらけであった。

お昼まで寝て外出。




【この階段を下りていくと・・】


【こんなふうになっている。グアナファトの大きな魅力の一つである】


町ブラしててたまたま停まってたバスのフロントガラスに「MOMIAS」と書いてあったので飛び乗る。時間があったら行こうと思ってたミイラ博物館はバスで10分ぐらいの距離にあった。今回初めて学生証で無料にならず51Pのところ37Pへ割引。メキシコは骸骨好き?である。11月2日の死者の日に向けていたるところで骸骨グッズが並んでいる。その路線からかこのミイラ博物館も結構人気らしい。


【この写真撮ったら怒られた】

この乾燥した土地柄のせいか、土葬された死体は数百年経ってもキレイに残るようで、博物館には結構な数のミイラが並べられていた。いやはや死後、ガラスケースに入れられるとは思っても無かっただろうに。そのミイラたちも昔は動いていてたかと思うとなんか不思議。俺も死後300年後に名前付きで全裸でガラスケースに入れられて展示されてたらマジ嫌だな。。

夕方いつもどおり一度宿に帰ってお昼寝し8時くらいからブラブラ。アイス3本(果実ぎっしりのイチゴアイス激うま)、タコス、ケサディージャ、アイスモカ(激甘)でまたまたハラパンになり戻る。乾燥してるのでやたらジュース飲んでて水太りしそう。。

今日は明らかに観光客が減っていた。夜も気味悪いほど静かである。

こんなに美しい町もあるんだな〜グアナファト

23Oct2010 Guanajuato

今日も明日もグアナファト滞在ということで、お昼まで寝て2時過ぎ宿を出てグアナファトの見所をお散歩。


【口づけの小道】


【独立戦争の舞台アロンディガ・デ・グラナディータスの壁画】


【グアナファト大学】


【町はこの国際セルバンテス芸術祭で大騒ぎ】

一度宿で休憩した後、夜の街を上から見ようとケーブルカーで午後6時半ピピラの丘へ。


【独立戦争時の英雄・ピピラ像の前では女の子だけの楽団】

ここからの景色は素晴らしいものであった。おもちゃ箱をひっくり返したような色とりどりの建物が夕日に映える。



陽が落ちて灯が灯るとなんとも言えない美しさ。どこからか聞こえてくる鐘の音、音楽、歓声。いや〜来てよかったよ、グアナファト!










夜8時からは昨日見た楽団Estudiantinaについてセレナータを聴きながら夜の街を歩く。ロマンチックな夜の町に時に切なく、時に陽気な歌声が響き渡る。




【ある時は女性客だけを前に出し愛の曲を奏でる・・】

晩御飯はタコス、ホットドッグ、ピザとタテツヅケに平らげた。




【宴は深夜遅くまで繰り広げられる・・】


【こんな坑道が至るところに・・カンテラ灯が趣き深い】

ちなみにただいま朝4時半、まだあちらこちらから歓声が上がっている。。


*泊まっている宿の隣の部屋は日本人(26歳・男)でもう通算2年ほどメキシコにいて今回は次のスペイン語の検定試験を受けるために勉強してるらしい。メキシコのいろんな町を訪れたが一番好きな町が美しく治安も人もいいこのグアナファトとのこと。初めて来た時は何にも分らなかったスペイン語も今では98%分かります、と言っていた。メキシコ人は喋らせたらホントに面白い!らしい。

今度はiphone充電しなくなった。。

世界遺産の街、グアナファトはお祭り一色!

22Oct2010 Guanajuato

昨夜は久々のネットに没頭して寝付いたのは朝5時を過ぎてからであった。

11時過ぎタクシーで昨日到着した郊外のバスターミナルへ。12時発のグアナファト行きバスに乗り込みすぐ爆睡。午後2時半到着。

ローカルバスでセントロに向かう。近くになると市街に張り巡らされた名物の地下道に入った。古くからあった地下水道や銀の坑道を利用しているもので、ものすごく味があった。トンネルの途中、途中からは眩しい光とともに美しい町並みが見え心躍る。


【トンネル途中でバスを降りる】


【で、外に出るとダダーンみたいな・・】


この10月はここグアナファトで国際セルバンテス芸術祭というフェスティバルが行われてるらしくどこも人でごったがえしていた。



宿を6,7件見て回るが、どこもフェスティバル価格で1.5倍から2倍近くあげているようであった。一番安かった宿にチェックイン。とりあえずここに3泊することとする。1泊で十分と思ってきてみたが、到着して青い空に映える教会を見た瞬間この町でゆっくりしたいと思ったのであった。

町はお祭り一色。町自体は小さいので端から端まで歩きに歩く。想像をはるかに超える町の持つ雰囲気、景色、道歩く人の笑顔、青い空に興奮する。朝から何も食べてなかったが夕方タコス食べたらすぐお腹一杯になり疲れがどっと出た。


【メキシカンも俺も大好きなゼリー】





夜9時過ぎからサンディエゴ教会前では楽団が演奏開始。ここから1時間かけて夜の町を演奏しながら歩き、一緒について回るツアーがあるのだが明日の楽しみにとっておくことにした。



今日は睡眠不足と宿探しで疲れたため夜10時頃に戻ってきて部屋で休養。。夜中12時をまわっても外は相変わらず盛り上がってる。つーかウルサイ。。。
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koji

Author:koji
やったらやったでどーにかなるよ!のいい加減さと石橋叩きすぎ心配症の2面性を持つ男。
人生は一度きりとか言われるとなんかやたら焦る・・・

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