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サラエヴォは想像以上に美しい

3/7 夜行バス(サラエヴォ−ザグレブ)

7時起床。モスタル鉄道駅へ。既に駅には大勢の若者が。。まさかと思ったが同じサラエヴォ行きにビール片手に乗ってきて最初から大騒ぎ。知能低そう。。

08:00モスタル発車。車窓からは雄大な大自然のパノラマ。滅茶苦茶美しい。だがその感動は入れ替わり立ち代わりコンパートメントに入ってきて大声で喋る猿のような奴らにぶち壊される。





10:30 サラエヴォ到着。ここで1泊しても良かったが何故かすぎにでもここを離れたくなり隣のバスターミナルで今夜10時のクロアチア・ザグレブ行きチケット購入。荷物を預け外に出る。


【内戦中ジャーナリスト達はこのホリデイインから情報を発信し続けた】

駅前から1番トラムに乗りバシチャルシァへ。ここは1914年6月18日当時ボスニアを統治していたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビア人に狙撃され第一次世界大戦の引き金となった場所である。


【この橋の左側で事件は起きた!!】

オリンピックからわずか7年後に泥沼の内戦に突入しここだけで1万人もの死者を出した街は近くの山々が雪をかぶっていることもあり表面上はそんなことを感じさせること無くとても美しく見えた。だが国立図書館を筆頭にその辺の建物には至る所に戦争の跡が残っていて当時の熾烈さを想像させる。




【この穴は銃弾によるもの??】

お昼はたくさんの客が入っていたレストランにはいり皆食べてた料理を指差す。ボスニアを代表する料理(というほどのものでもないか・・)のチェヴァプチチ(ソーセージの肉をパンにはさんだもの)をいただく。久々の肉で激うま。付け合せの千切りオニオンもいい味出してるし。


【うますぎるぜ!チェヴァプチチ】

おなかが満足したところでサラエヴォ冬季オリンピック施設近くの墓地を見に行く。



街自体は小さく夜10時のバスの時間までかなりあったのでWIFIカフェに入ったり、おいしいチキンの晩御飯を食べたりして時間をつぶし午後9時前バスターミナルへ戻ってきた。サラエヴォの街は7時を過ぎるとほとんど人通りが無くなり怖くなるほど寂しくなる。

でもサラエボ来てよかった。できればゆっくり1泊したかった。


【今も燃え続ける聖火】

22:00 ザグレブに向けバス発車。
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